肩の力を抜いて
「貴女がクリスティアーヌ嬢?」
そう話しかけてくれる声まで優しい。
「はい、エールメ様からご紹介をいただきました、クリスティアーヌでございます」
「やっぱり、そうでしたか。私はコーティと申します、エールメよりお話は聞いておりますよ。今日は難しい案件はないので、日常業務を見てもらうことになると思います、少し退屈な部分もあるかも知れませんが、よろしくお願いしますね」
「はい!よろしくお願いいたします!」
勢い込んで言えば、コーティ様は面白そうにフフ、と笑みを漏らした。
「そんなに勢い込んでいると疲れてしまいますよ、肩の力を抜いて。私の上司にもこれから紹介しますから、その時だけはきちんとね」
そう言ってもらえて、ようやく少し肩の力が抜ける。自分では気づいていなかったけれど、どうやらかなり緊張していたみたい。
コーティ様に促されて、市井官の仕事の概要を聞きながら、王城の廊下を歩いていく。
これまで見てきた王城はどこもかしこも豪華で煌びやかだったけれど、この二階は絨毯の色も渋めの紺色にベージュの柄が入っていて落ち着いている。
調度やライト、窓枠さえも内側から見える部分はシックで、王城の中でも執務に使う部分は集中しやすい環境が整えられているんだと初めて私は知った。
二階の中でも幾度も角を曲がってくねくねと歩きたどり着いた廊下の突き当たりの扉の前で、コーティ様が立ち止まる。
「ここが、私たち市井官が主に執務を執り行う部屋ですよ。このスノードロップが目印です」
よくよく見れば、扉の模様がスノードロップの花を象ってある。
コーティ様によると、王城の各部屋には扉の模様にそれぞれ花や動物などが象られていて、それで部屋を見分けているんですって。
看板とかをつけてしまうと美しくない、という理由でそんな工夫が凝らされているらしい。驚きの美意識だった。
「さあ、入りますよ。私の上司が中でお待ちかねです。笑顔でね」
コーティ様の声に勇気もらい、開けられたそっと扉をくぐる。
窓際に、ひとりの紳士が佇んでいた。窓の外を見ていたその方が振り返ったけれど、逆光でお顔が見えない。
ゆっくりとその方がこちらに歩を進めると、やっとその姿形が見えてきた。
シルバーグレイの短髪をキチンと撫で付け、体にぴったりとあったスーツを身につけている。身長はコーティ様ほどはないけれど、細身のとても素敵なオジサマだった。
「この方はミスト室長、君の父上に裏で話を通してくれたのは実はミスト室長なのですよ」
コーティ様の言葉に、私はとても納得した。
以前お願いした時はけんもほろろだったお父様が、今回は妙にすぐに許してくれて、ちょっと意外だったんですもの。
それもこれもこの素敵な紳士、ミスト室長が、お父様をあらかじめ説得してくださったからなのだろう。
「やあ、市井官になりたいという奇特なお嬢さんが君だね?」
深みのあるバリトンボイスが響く。
その声には、面白がるような、嬉しいような、そんな微妙な響きがあった。