私には、選べない道ですから
「あ、ありがとうございます、エールメ様……!」
「喜んでいただけて何よりですわ。それで、どうされます?」
嬉しくて、すぐにもお返事をしたかったけれど、エールメ様やいとこ様にご迷惑になるわけにはいかないから。
「もう今にもお返事してしまいたいくらい嬉しいお話なんですけれど、私、ご迷惑をおかけすることだけは嫌なんです。お父様のご了承をいただいてから、改めてご連絡させていただいてもよろしいでしょうか」
はっきりとそう口にすると、エールメ様は聖母の笑顔で頷いてくださった。
「やはりクリスティアーヌ様は、思った通りの方でしたわ」
「?」
「いとこの名はコーティ・ウィサージュですわ。公爵様にはそうお伝えいただければ通じるかと」
「分かりました、できるだけ早くお返事をお伝えいたします」
「コーティも市井官に意欲を持つ人材は貴重だととても喜んでおりました。いいお知らせをお待ちしておりますわ」
柔らかに笑んだままのエールメ様に深々と礼をすると、エールメ様も嫋やかに会釈してくださる。顔を見合わせてなぜかお互いに笑いあっていたら、グレースリア様が颯爽と現れた。
「その雰囲気なら、どうやら話がうまくまとまったようね」
「グレースリア様、ありがとうございます。おかげでエールメ様からとても素敵なお話をいただくことができました」
「正式なお返事はまだいただいていませんけれど、よい結果になる事を願っておりますわ。私、クリスティアーヌ様が市井官になるためのお手伝いには、協力を惜しまないつもりですの」
ものすごくありがたい話だけれど、エールメ様はどうしてここまで親身になってくださるのかかしら。その疑問が顔に出ていたのかもしれない。
エールメ様は僅かに寂しそうな瞳で私を見つめた。
「私にはどうしたって選べない道ですから。クリスティアーヌ様には、自分の行きたい道を選んで欲しいのですわ」
「エールメ様の家は、保守派の代表格ですものね。男女の職域にも厳格だから」
グレースリア様の気の毒そうな表情にエールメ様も肩を落とす。でも、確かにそんな家の方が圧倒的に多いのが現状だ。
私だって普通の令嬢であれば、疑問すら抱かずに花嫁修業をして、それなりの家格の旦那様に嫁いでいただろう。
「まぁ、でもその中ではコーティ様は異端よね」
「ええ、グレースリア様たちハフスフルール家寄りの感性ですわ。だからこそ、こんなお願いもできたのですけれど」
「確かに。でも心強い味方が出来て良かったわね、クリスティアーヌ様」
私とエールメ様を交互に見ながら、グレースリア様はとても満足そう。
「行きましょう、他のお姉さま方がお待ちよ。あちらには美味しいカナッペを用意していてよ、早く行かないとなくなってしまうわ」
くるりと踵を返して、本当に早足で戻っていくグレースリア様を見ながら、私とエールメ様は顔を見合わせて笑いあった。
そして、二人してたくさんの淑女たちが華やかに笑うテーブルへ向かう。
「この件だけでなく、困ったことがあったらなんでもご相談くださいね」
そう言ってくださるエールメ様のご厚意が、素直に嬉しかった。