エールメ様のご厚意
「もしかして、私に御用がある方って」
「私ですわ。あの……突然で恐縮なのですけれど、クリスティアーヌ様、まだ市井官になる夢は継続中ですの?」
「はい。民生官も検討はしたのですけれど、やはり私、市井官を目指そうと思っています」
はっきりと私がそう口にすると、エールメ様はそれはそれは嬉しそうに微笑んでくださった。
「そう、良かった。私、クリスティアーヌ様のお役に立てないかと思って、密かに動いていた案件があるんですの。お話ししても良くて?」
「まあ……! も、もちろんです」
「うふふ、本当に表情が豊かになられましたわね、私、クリスティアーヌ様を見ているとなぜか元気が出るんです」
目を白黒させている私を面白そうに見ながら、エールメ様はおもむろに口を開く。
「もう三年ほどでしょうか、私のいとこが市井官の仕事をしておりますの。それなりに実績もあると自負しておりましたから、実は先日、お願いしてみたことがありまして」
「はい」
まだ、エールメ様が何を仰りたいのか分からなくて、私はただ相槌をうった。
「クリスティアーヌ様、市井官の仕事を実際にその眼で見てみたいのではないですか?」
「! は、はい! もちろんです! 機会があればぜひ!」
常からずっと望んでいたことだけに、つい勢い込んでしまった。でも次の瞬間、私の浮き立った気持ちもスッと萎んでいく。
「……ですが、お父様にも以前お願いしたことがあるのですが、特別扱いはできないと」
お父様の仰ることももっともだから、それ以上無理には言えなかった。
「そうですね、ですが殿方たちも学生時代から一定の時間、城勤めの体験をしていらっしゃるでしょう? 殿下もここにいらっしゃる皆様の婚約者の方々も、そうやって知見を広げていらっしゃるのではなくて?」
「確かに、そうですね」
そう言われれば、ルーフェスもお父様についてお仕事を学んでいる。
「親族が傍について、自身の仕事を学ばせるのが通例ですから、クリスティアーヌ様に市井官の仕事を学ばせるのは特別扱いにあたる、というのも分からないではないですが」
すごい、エールメ様、お城の事情に詳しい……!
「伝手さえあれば、希望の仕事を体験することもなくはない、とそのいとこが申しておりました」
私が尊敬のまなざしで見ていたからだろうか、エールメ様はさらりと自分ではなくいとこさんの知識なのだと示唆してくる。どこまでも謙虚なお方だ。
「ぜひにというのであれば、上役にかけあって市井官の仕事をみせることは可能だそうですわ。それで、クリスティアーヌ様にご希望を聞いてみようと思いましたの」
感動で一瞬言葉が出なかった。まさか、エールメ様がそんなことを考えてくださっていたなんて。