幼いころの記憶
「喜んでくれて良かった」
レオさんが嬉しそうに破顔する。
「俺たちこれまでずっとテールズか学園で会うかだったし、変わったところで一緒に旅したくらいだったからね。それも気楽でいいけど、たまにはこういう貴族っぽいのもいいかと思ってさ」
デートっぽいでしょ、なんて笑うレオさんはすこぶる楽しそうで、こちらも自然と笑顔になる。
「ルーフェスが、君はあまりそういうのに興味ないんじゃないか、なんて言うから心配したけど、大丈夫だったみたいだね」
もうそろそろ着くよ、というレオさんの言葉に馬車の外を見てみると、大きな大きな建物が見えてきた。あれが歌劇場かしら。なんとなく見覚えがある。
建物を見たらかすかに子供の頃の記憶がよみがえって来た。
そういえばお母様が私とルーフェスを歌劇を見に連れてきてくれたことがあったのだけれど、その時は私、これっぽっちも楽しめなくて。
なんせ、この世界が乙女ゲームの世界だって思い出してすぐのことだったから、歌劇を楽しむどころじゃなかったというのが当時の私の正直な心境だったのだけれど。
今思えば、お母様はすっかりふさぎがちになってしまった私を元気づけようと、歌劇場へ連れて行ってくださったのだろう。
申し訳ない事に、そんなお母様の気持ちを察することなんてあの頃はできなくて。
情緒不安定だった私は観劇中に意味もなく泣いてしまって、あれ以来、お母様は人混みが苦手なのかも、なんて心配して私を歌劇につれていくのはやめてしまったんだった。
ルーフェス、きっとその時のことを覚えていたのね。
少なくとも、お母様とルーフェスはそう信じているだろう。帰ったら、謝らなくちゃ。そんなことを考えながら、口を開いた。
「ふふ、子供の時は確かに、苦手だったかも」
「えっ!?」
レオさんが驚いたように目を見開く。
「子供の頃の話ですよ。でも、今はすごく楽しみです」
レオさんのエスコートで入った歌劇場は、驚くほど豪華だった。
私が見た建物の中では、王城の次に豪華だ。足音すらたたないほどフカフカの絨毯。職人の技術の粋を極めた煌びやかなシャンデリア。
優雅でそつのない躾の行き届いた案内の係員。ホールへ続く廊下を通っていくだけで子供の時は気付かなかった様々なことが、目を楽しませてくれる。
「すごい……!」
さすがにこの王都で最も有名な歌劇場だけはある。私たちは貴族専用の入り口から入ったから、余計にそう感じるのかもしれない。
そしてその感動は、ホールへ続く扉が開かれた瞬間、さらに高まる。