お父様の問いかけ
「私はずっとそう思って来たし、今でもそれが間違っているとは思わん。だからお前の事も咎めたし、今もこうして話をしている。ただ…お前が下町で働き始めて、思うところもあるのだ」
お父様が言うには、私の居場所は最初から分かっていたらしい。邸を出た時から、夜間に開いている店を回って今の店に落ち着くまで、護衛が尾行していたからだ。
「しばらく経って、初めてお前の様子を見に行ったエリーゼは、その日泣きながら帰ってきた」
「お母様が…?」
「ああ、お前が屈託無く笑ってたって」
「………」
「お前はいつも、全てに興味がなさそうだった。諦めたような眼をして、逆らう事など殆どなかった。良く言えば従順、悪く言えば覇気がなかったお前が、家族にも見せないような顔で笑ってた…ってな」
「………」
「最初こそ邸にいるよりもよほど幸せそうなお前にショックを受けたようだが、エリーゼはお前が楽しそうに働くのを見に行くのが嬉しくて堪らなかったようだ」
「……お母様……」
「お前の様子を見に行く度に、エリーゼが言うのだよ。今日は何をして叱られた、今日は客にこんな対応をして感謝された、今日は主にこんな提案をしていたみたいだ…エリーゼから聞かされるお前は生き生きとしていて、まるで別人のようだった。クリスティアーヌ、お前は…」
それまで僅かに遠い目をしていたお父様が、しっかりを私を見据えた。
「お前の幸せは、今の生活にあるのではないか?」
思わず固まった。
今の生活は確かに楽しくて、忙しいけれどやりがいもある。
…でも。
「即答…ではないのだな」
お父様が僅かに息をついた。
「はい…どちらが幸せかは分からないけれど…お父様、私。許されるのならもう一度、公爵家の娘としてやり直したい。私は色々な事から逃げるべきじゃなかった…」
「…それは私も同じだ。父としても、公爵としてもな。お前の目から力がなくなっても、心配するだけで、時間をとってお前と真剣に話をした事は無かった」
気まずそうに目を逸らすお父様は、若干肩が落ちている。
「今回の事も…お前達の行動から見れば判断に誤りがあるのは明白なのに、いきなり問題に当たらせて、結果を責めるような馬鹿な真似をした。…最初から、こうして話をして理解を深めていれば、ここまで情けない結果にはならなかっただろう」
そう言ってお父様は懐中時計を取り出した。
「陛下も今頃、殿下に話をされている頃だ」