最後のスピーチ
「ルーフェス」
「ほら、使って。姉さんたらまったく、泣くのはまだ早いよ。式も始まってないじゃないか」
そう言って照れくさそうに差し出してくれたのは、白いハンカチ。ルーフェス愛用の剣の刺繍がほどこされたそれは、婚約者から贈られたものだろうか。私よりも明らかに刺繍の腕がいい。
「ふふ、大丈夫よ。ありがとう」
ルーフェスのためにひと針ひと針、心を込めて刺されたであろう刺繍を纏うハンカチを汚すのが申し訳なくて、私は笑って指先で涙を拭う。
卒業生よりも先に泣いちゃうだなんて、恥ずかしいところを見られてしまった。
「記念品の受け取りだろう? 重いだろうし手伝うよ」
「ありがとう、でも、いいの?」
「僕の担当は広報だからね、式が始まったらしばらくはやることがない」
私が気を遣わないようになのか、つっけんどんにそう言って、ルーフェスは私よりも先にどんどんと歩いて行ってしまう。
なんだかんだ言って、ルーフェスっていつもこうしてさりげなくサポートしてくれるのよね。
前を歩くルーフェスの背中を追いかけながら、私は嬉しさで胸が暖かくなった。
***
記念品の受け取りと、卒業生への受け渡し場所の設営も無事に完了し、講堂に戻った私達。
すでに式は始まっていて、壇上では前生徒会長でもあった、グレシオン殿下が答辞を述べている。
「私もこの学園で、たくさんの事を学んだ。全校生徒の皆にも情けないところを見せてしまい、私やその周囲の人物に不信感を持ったと思う。私が生徒会を率いることが決まった時、不満を持った生徒も多かっただろう」
なんと、ストレートにそんなことを仰った。
確かに、私が殿下たち数名に囲まれて断罪された事までは知らなくても、婚約者がいる殿方たちがこぞってリナリア嬢を囲んで談笑する場面は、我が校の生徒なら一度や二度は目にしたはずだ。眉を顰めた生徒も多かったと聞いている。
「なくした信頼を取り戻すのが容易でない事は、この二年、身をもって体感してきた。だが、皆に情けない部分を見せた分、私が生徒会を率いてからは、少しでも皆に学園生活を楽しく感じられるよう、心を砕いてきたつもりだ。皆、紅月祭は楽しめただろうか」
大きな拍手が起こる。
卒業生も、参列している在校生も、区別なく拍手を送ってくれているのがわかる、大きな拍手だった。
殿下の緊張していた顔にも、ようやく柔らかな笑みが浮かんだ。
「ありがとう、少しは役に立てたようで、安心した。本当にこの学園で得た体験のひとつひとつが、今となっては貴重な体験になったと思っている。私の失敗は、これくらいで取り戻せるものではないが、これからも襟をただして精進したい」
殿下の気持ちが痛いほどわかって、私も胸が熱くなる。
殿下、頑張っていたものね。