求められる役割
思い出すように目を閉じ、しばらく眉間を揉んでいたお父様。再び目を開けた時には、底冷えのする暗い瞳をしていた。
「…あのバカ王子と尻尾が見え隠れする新米女狐…どう料理してくれよう、と思ったぞ」
普段は温和で、それだけに怒った時のギャップが怖い、と半年前に叱られた時は思ったけれど、今の怒りは質が違う。
例えるなら、あの時は爆弾が破裂したような激しさ。今は…マグマが火山の中でフツフツと流動するような不気味さがある。
「まぁお前もお前で、ライバルが出来れば少しは妬いて殿下の事を気にするかと思えば気にも留めん。学園の中でも既に眉をひそめられていた、あの娘と男達の交流にも無関心」
あの時は近づかないのが一番の防御策だと信じて疑わなかったから…。ただ、ここまで話を聞いた今なら、お父様達が私に何をさせたかったのか、何となく分かる気がした。
「はい…あの時は近づくのも恐ろしく感じて、極力視界にも入れないようにしていましたから…。でも、公爵家の娘としては、それではいけなかったのですね」
「そうだ、どうすべきだったか分かるか?」
「…最低でも、リナリアさんとグレシオン様には個別に忠告すべきでした。それでも状況が改善されなければ…お父様に報告すべきでしたわ」
多分、同じように被害にあっている他の令嬢を纏めあげるとか、せめてケアするとか、色々出来る事はあるんだろうけど、私にはハードルが高い。
「そうだ。公爵家の娘としてはそこが最低ラインだ。ただ、本来は報告が一番先だがな」
そこは武士の情けというか…出来れば報告しなくて済むレベルで抑えたいというか…あ、でもお父様達は学園内で起こってる事は割と詳細にご存知だから、隠しても意味ないのか。しかも。
「…あの時点では…将来の王妃として、もっと上のレベルが求められるのでしょうね」
「ああ、そうだ。分かってくれたのなら、それで良い」
私が力なく言うと、お父様はやっと仄かに笑顔を見せてくれた。
そして、また暫く目を閉じた後、ゆっくりと息を吐く。妙な沈黙に私まで何故か緊張してしまった。
「今日はな、お前に選択肢を与えようと思って呼んだのだ」
「選択肢、ですか」
「お前がこれから先、どう生きていきたいのか。それを聞きたい」
思わず息を呑む。
「本来公爵家に生まれた以上、生き方などそう選べる物ではない。民の税で暮らすのだ、国と民のために将来はある」