【SS】君の笑顔が見たいから④
口々に罵られ、ぎゅうぎゅうと押さえつけられる。マジで内臓がでちゃうかも知んない。おっさん達の重さと熱気で気が遠くなりかけた俺の耳に、鈴を転がすような愛らしい笑い声が小さく響いた。
「笑った……」
「クリスちゃんが笑ったぞー!」
「でかした、ボウズ!」
一転、おっさん達が急に口々に俺をほめたたえる。しかも体の上からのいてくれた上に乱暴に背中をバンバンと叩かれた。辟易したもののようやく自由になって顔を上げれば、口元に手を当て、こらえきれないように笑う彼女がいる。
可愛い。どうしよう、すごい可愛い。
見惚れていたら、厨房から女将が出てきて、「ああ、やっと笑ったねえ」と笑顔をみせる。夕べもずっとかいがいしく彼女の世話をやいていた女将だ。きっと彼女のことをずっと心配していたんだろう。
慈愛に満ちた目で彼女の髪を優しく撫でたあと、振り返った女将は俺に茶目っ気たっぷりにウインクした。
「ありがとね、あんたのおかげでやっとクリスの笑顔が拝めたよ。年も近いみたいだし、これからも仲良くしてやっとくれ」
女将に促され、もじもじしながらも彼女は俺に一歩近づいた。決心したように、しっかりと俺を見上げてくる瞳が金色に輝く。ドキドキと、俺の心臓も早鐘を打った。
「……よろしく、お願いします」
なんという事だ。恥ずかしそうに、控え目に笑った彼女は、まるで天使のような愛らしさだった。
あれから半年。
今日もテールズでは、忙しそうにくるくるとテーブルの間を廻っては、明るく、楽しそうに笑う彼女がいる。学園で見ていた無表情がまるで幻だったみたいだ。
最初はぎこちなかった笑顔がはじけるような笑顔に変わり、聞き取るのが困難だった小さな声は、いまやおっさん達のダミ声の中でも負けないくらいに響いている。
からかわれては真っ赤になっていたのが懐かしくなるくらい、切り返しもうまくなってやりこめられたり叱られたりする常連客も続出だ。
彼女は変わった。
でも、俺は今の彼女の方が魅力的だと思うし、何より彼女自身が生き生きしていて、とにかく楽しそうなのが純粋に嬉しい。
だから俺は、今日もちょっとした出来事を見つけては、身振り、手ぶりを交えて大げさに彼女に話す。小さな出来事でおっさん達と乾杯し、小競り合いの喧嘩を仲裁し、豪快に飯をかきこみ、美味しいと全身で訴える。
そんな他愛のない事でもいちいち笑ってくれるから、それが嬉しくて病みつきになるんだよ。
できることならば、今日も、明日も、明後日も、こうして笑っていて欲しい……そう、願わずにはいられない。
いつまでも、君の笑顔が見たいから。
本編、SSともに楽しんでいただけましたでしょうか。
長きにわたり読んでいただけた方、本当にありがとうございました。
迷い悩むクリスを一緒に見守っていただけたこと、とても嬉しく思っています。
おかげさまで書籍にもしていただけた幸せな一作になりました。
ありがとうございました。