【SS】君の笑顔が見たいから③
翌日。
午前中の授業を終えて早速テールズに行ってみると、彼女は既にエプロンを身につけて忙しく立ち働いていた。
ああ、髪の毛が切り揃えられている。女将さんが切ってくれたのだろうか。
それだけで、昨日の悲壮感は幾分か和らいで見えた。
まだ笑顔どころか表情もない。誰かに声をかけられると一瞬ピクリと体がこわばる。動きもぎこちなく、視線もおどおどと定まらない。
それでも、彼女は頑張っていた。
これまでは使用人に傅かれ、身の回りの事すらも自分ではやってこなかったであろう彼女が、「よう姉ちゃん、エール三杯! 早く持ってきてくれ!」なんてオッサン達から急かされて、平気な筈が無い。
蚊の鳴くような声で返事をし、足早に動き回ってなんとか仕事をこなしている。
でも、不思議だ。
口角すらぴっちりと閉じて笑顔もないのに、なぜか彼女は、学園にいた時よりもずっとずっと生きているように見えた。
なんとなく胸に熱いものを感じつつ、俺は手近な席につく。もちろん店内がぐるりと見渡せて、入り口から不審者が入ってきても対応できるような、そんな席だ。
「あ、あの。ご注文、は」
震える声で、彼女が話しかけてくれた。うつむいて目も合わせないのに、店内の人の動きはしっかりと見ていたのかと俺は密かに驚いた。
「オススメのランチメニューはある?」
「若鶏の、ココットが……人気で」
声は小さいけれど、しっかりとオススメのメニューを推してくるんだな。そう思うと、少し面白い。
目を伏せたままの彼女の表情を崩したくて、俺は思わず手を伸ばしていた。
「綺麗な手だね」
傷ひとつない白くたおやかな手に、わずかに触れる。
「!」
彼女は、弾かれたように顔をあげた。
「…………あ、あの…………っ」
猫のようなツリ目が驚きに真ん丸になる。そんな彼女と、バチリと目があった。
瞬間、彼女の顔が真っ赤に茹で上がる。唇がはくはくと一生懸命に動いて、必死で空気を取り入れようとしている様が可愛かった。
「可愛い……」
自然な感想が口をついて出たのとほぼ同時に。
ゴスっ!!!
鈍い音を立てて、俺の頭蓋骨に誰のか分からないゴツい拳がめり込んで来た。
「痛っつぅぅうぅぅ!!!!」
目の前に星が飛ぶってホントだったんだな。頭を抱えてテーブルに突っ伏したら、上からむくつけきおっさん達が雪崩のように次々と乗っかって来た。
重くて死にそう。
「てめーふざけんな! 何触ってやがる!」
「この子は今日来たばっかりでまだウブなんだ! 見ろよ真っ赤じゃねーか、可哀そうに!」
「みんな脅かさねーように優しく優しく遠巻きに話しかけてるんだぞ!」
「女将に一発殴られろ!」
「誰だテメーは! 新顔がナメた真似するんじゃねーぞ!」