【SS】君の笑顔が見たいから②
どうしてだ。
「……自分の意思で、邸を出たと聞いたんだけど」
「僕もそう聞いたけど」
俺の呟きに、魔術師風の男が同意する。そんな俺達とは逆に、赤毛の男は厳しい表情のまま彼女の方を僅かに顎で指した。
「だが、邸を出た経緯は聞いていない。あの服装、相当上位の貴族の令嬢だろう。そんな娘が、なぜ自ら邸を出るんだ」
「そう、だね。あの顔じゃ相当思い詰めての事なんだろうし……それに、あの髪」
魔術師風の男が痛そうに顔を顰める。それも道理だ。なぜなら彼女の髪はバッサリと肩口で断ち切られてしまっている。
自分で切ったのだろうか。揃っているとはとてもいえない、ざんばらな髪。ところどころ琥珀色の長い髪が残って、彼女の元々の縦ロールを彷彿とさせる。
二人の会話を聞きながら、俺の脳裏に浮かんだのは、学園で見たガラスのような彼女の瞳。リナリアとかいう女生徒を囲んで馬鹿みたいに笑う殿下たちの情けない姿。
殿下たちと……何か、あったのか?
学園でもあんなに絶望したような顔はしていなかった。あれ以上の何かが彼女の身に起こったことは確実だ。
「まあでも、俺達にそれを詮索する権利はねえ。あのお嬢さんが無事に邸に戻れるまで、しっかり守るのが任務だ」
赤毛の男……マークの言葉に、俺は無言で肯くことしかできなかった。影宰相が言及しなかったことを、そう簡単にこの先口にするはずもないし、俺程度が調べたくらいで真相が明らかになるような証拠も残してはいないだろう。
俺に出来るのは、マークの言う通り、彼女が邸に戻るまでしっかりと守ることだけだろう。
ただ、彼女の青い頬が、泣きはらした目があまりにも可哀想で。
「とにかく彼女がこの店に辿り着いてくれたことは僥倖だ。この店の女将は情に厚い、悪いようにはせんだろう」
どうやらこの町にも詳しいらしいマークが言うように、さっきからこの店の女将はかいがいしく彼女の世話を焼いてくれている。温かい飲み物を与え、ザンバラな髪を優しく撫で、詰問することもなく彼女を労わってくれていた。
下町の女性の優しさに、頭が下がる思いだ。
きっと、俺なんかよりもよっぽど彼女に安らぎを与えてくれることだろう。
「そうだね。じゃあ、僕はいったん帰ろうかな。僕の担当は朝の開店時から昼まで、だね」
「ああ、俺は泊り客として午後から明朝までを受け持とう。今日もこの後は任せて貰っていい。レオといったか、お前は学生だと聞いたが、昼間ちゃんとここに来て護衛できるのか?」
「大丈夫、学園の了承も得てある」
そう聞いている。さすがは影宰相、そこら辺の根回しは抜かりがない。ただ、午前中は学園にも通うぶん、他の二人に比べてクリスティアーヌ嬢と顔を合わせる時間は僅かだ。
それでも、学園にいた時よりも、彼女はずっとずっと手の届く場所にいる。
声をかけられる場所にいる。
俺にもあの震える小さな肩をなぐさめるチャンスは、きっとあるはずだ。
そう思った。