【SS】君の笑顔が見たいから①
「レオさん! 今日は早いんですね」
くるりと振り向いた笑顔が眩しい。おっさん達が昼飯をかき込む戦場のようなテールズの喧騒の中で、彼女がいる場所だけが光り輝いて見える。彼女の猫のようなツリ目がキラリと金色に光って、嬉しそうに細められた。
可愛い。
本当に声を大にして言いたい。
クリスちゃん、マジで超可愛い!
「? レオさん、ご注文は何になさいます?」
心の中で喝采を上げていた俺を、クリスちゃんが不思議そうに見上げてくる。
いかん、いかん。つい見惚れてしまった。
店の入り口で突っ立ってたら営業妨害になってしまう。さくっと注文を済ませ、おっちゃん達に交じって話を合わせながら、俺はさりげなくクリスちゃんを見守った。なんせ、俺の役目はこうして彼女の安全を見守ることなのだから。
クリスちゃんは、あちらの客、こちらの客とくるくる楽しそうにテーブルを廻っては、何か会話を交わして笑いながら仕事をこなしていく。注文をとるにも、料理を運ぶにも、嫌な顔一つしない。彼女が公爵家の令嬢だなどと、いったい誰が信じるだろうか。
身分や家柄なんて彼女には不要なものだったのかもしれない。下町の、この小さな宿で彼女のはじけるような笑顔が、ずっと守られればいい。
このテールズで初めて彼女を見た時の衝撃を思い出して、俺はそう思わずにはいられなかった。
******************************************
……あれは、半年ほど前のことだっただろうか。
「よう、お前が最後だぜ」
「遅かったね」
宿屋兼食事処を営んでいるという、『テールズ』という店についたとたん、赤毛の冒険者風の男と魔術師風の優男に声を掛けられた。どうやらこの二人が今回の俺の仕事仲間になるらしい。
家を飛び出した公爵令嬢を秘密裏に護衛するという、なんともうさんくさい依頼だったが、影宰相とも呼ばれる公爵が、直々に俺を指名で依頼してきたというのが興味深かったし、何より、かの『公爵令嬢』にも興味があった。
いわば、顔つなぎと好奇心で引き受けた依頼だ。
その頃クリスティアーヌ嬢は学園でも噂の的だった。リナリアという女生徒に殿下をはじめとする側近の男どもが群がって醜態を晒していたからだ。殿下の婚約者である彼女がどうでるか、学園の大多数の生徒は野次馬気分で事の成り行きを見ていたわけだ。
俺も何度か学園で『クリスティアーヌ嬢』を遠目に見たことがある。殿下とリナリア嬢が一緒でも気にも留めていない……というよりも、無感動な目は、誰のことも見てはいないようだった。
それが殿下の浮気のせいなのか、彼女の生来のものなのかはわからない。
ただ。
あんなガラスみたいな目で、生きてて楽しいのかな。
そう、疑問に思えて……俺はそれが、不思議ととても気にかかった。
だから、彼女を護衛するという依頼が来た時に、一も二もなく飛びついたんだ。俺を護衛に選んだってことは、殿下に連なる勢力が当てにならないと影宰相が判断したからだろうし、その一方でまだ学園に戻すことも視野に入れてるってことだ。
彼女をもっと近くで知れば、あの興味なさげな表情の原因もわかるだろう。世の中には面白いものもいっぱいあるのに。彼女にも、いつかそれが見えるといい、きっと笑うと可愛いのに……そう思った。
そう思ったから引き受けたんだ。
なのに。
「見ろよ、まるで死人だ」
赤毛の男……マークが指さす先にいたのは、憔悴しきってうつろな目をしたクリスティアーヌ嬢だった。