目くじらを立てるな
「いや、あのときはもっと活発な印象だったか、いまは随分と繊細な印象だ。女性とはかくも変わるものか」
「だから殿下はもう見ないでください」
レオさんがさらにもう一歩、私を隠すように動いたものだから、私からは殿下がすっかり見えなくなってしまった。
ただ、殿下がクスリと笑った声だけは聞こえてきて、殿下とレオさんが冗談も言い合える仲になったのが感じられて、少し嬉しい。
私が下町から学園に戻った頃、殿下はレオさんをあまり認識してもいなかったようだったし、レオさんはむしろ殿下を嫌っていたみたいだった。きっと生徒会で苦楽をともにして、お互いを認め合うようになったのだろう。
「そう目くじらを立てるな、他意はない」
「それにしても随分と思い切ったドレスを贈ったものね。今日はクリスティアーヌ様、質問攻めにあうわよ。わざわざ目立たせるだなんて悪手ではないかしら」
殿下がクスクスと笑いながら仰る横で、グレースリア様もレオさんをからかうように言葉を添える。口元は扇で隠れているけれど、目尻が下がって楽しそう。相変わらず仲がいい。
「大丈夫、実はそれも狙いだから。クリスティアーヌ嬢、聞かれたらさっきみたいに俺に贈られたドレスに合わせて……って答えてね」
「? はい、勿論」
いまひとつよくわからないけれど、事実なので勿論そう答えるしかない。
ただ、グレースリア様は「あらいやだ、策士ね」なんて笑っていたから、なにかふたりにしかわからないことがあるのかも知れない。
……ちょっと寂しい。
「こんなところに! 探したんですよ、皆さん!」
談笑しているところに急に大きな声が聞こえて、私たちは会話を中断する。レオさんの背中からちょっとだけ顔を出して見てみれば、宰相のご子息クレマン様だった。
「呑気に談笑している場合ではないでしょう。猫の手も借りたいほど忙しいのですから、各々持ち場に戻ってください」
かなり切羽詰まっているのだろう。いつもはクールな印象のクレマン様が、僅かにだけれど、声を荒げている。
「クリスティアーヌ嬢、レオをしばらく借りるが、よいだろうか」
レオさんの体の陰に隠れていた私にまで声をかけてくれた。勿論、今日がどれほど生徒会の人たちにとって大切な日かはわかっている。少し寂しいけれど、にこやかに送り出そう。
「はい。皆様、頑張ってくださいませ」
「…………誰だ」
「え?」
「レオ、君のパートナーはクリスティアーヌ嬢じゃなかったのか」
クレマン様が突然不愉快そうな表情になったから驚いたけれど、これってきっと私がクリスティアーヌだと認識できなかっただけよね。慌ててレオさんたちが事情を説明してくれる。