学園が近づいている
急に恥ずかしくって、顔が熱くなるのを感じる。
あんなに可愛らしいドレスのお礼に、ガチの魔法陣を刺繍したのは選択ミスだったかもしれない。もう少しこう、イニシャルとか、紋章とか、レオさん愛用の剣とか、無難な意匠にすればよかった……!
でも、もう渡してしまったんだもの。今さら返して欲しいなんて口が裂けても言えない。
「色気もそっけもない意匠でごめんなさい」
「いや、ごめんごめん、笑ったのはそういう意味じゃなくて。ハンカチに魔法陣って発想がすげえなって思ったら面白くてさ」
確かに楽しそうだけど、ウケ狙いだったわけじゃないから、心中はとても複雑だ……。
「凄く考えてくれたんだね、いまの俺にはなにより嬉しいよ。なんか体がポカポカしてきたし、ホントに効いてるのかも。ありがとう、クリスちゃん」
安心させるように、にっこりと笑ってくださるのが余計に切ない。ああ、むしろ気を遣わせてしまった。そう思うと焦ってしまって、ついつい言いわけが口をつく。
「ごめんなさい。でも、レオ様が体を壊さないよう、一心に願って刺したんです。見栄えは正直いまひとつですけれど、愛だけはたっぷり籠ってますから!」
「愛」
「そうだ! 私、回復魔法も完璧に習得できたんです。お疲れみたいですから確実に効果があるほうで!」
恥ずかしさを紛らわそうと、私は思い切って提案してみた。レオさんの体調も回復して、時間も稼げる。一石二鳥だ。
セルバさん直伝の回復魔法のおかげで、レオさんのどこか青みがかっていた顔色も血色を取り戻し、目の下の隈も薄くなっていく。
体調は確実に改善に向かったというのに、それっきりレオさんはぼんやりと上の空になってしまった。
……そうよね、無理もないかも知れない。
もうそろそろ学園が近づいてきているのですもの。紅月祭の進行で頭がいっぱいになっているのかも。
そう思いついて、私はレオさんの思索の邪魔にならないように、大人しく馬車の座席に深く身を沈めた。レオさんとふたりだとつい、出会った頃の『町娘クリス』の気持ちになってしまうけれど、これから向かうのは学園だ。
気を抜かず、クリスティアーヌとしての立ち居振る舞いで臨まなければ。