この刺繍はクリスちゃんが?
「遅くなって悪かったね、やきもきしただろう?」
レオさんにエスコートされて乗り込んだ馬車のなかで、ようやく私たちはお互いに落ち着いて会話を交わせるようになっていた。
「いえ、今日が一番お忙しいのだろうとわかっていましたから」
案の定、レオさんの目の下にはしっかりと隈ができているし、こうして見るとかなり痩せてしまったみたいで、私はいよいよ心配になってきた。
「お体は大丈夫なのですか? ずっとお忙しそうで、私、レオ様が体を壊すんじゃないかと心配で」
「ありがとう。さすがに疲れたけどね、でもとにかく紅月祭を成功させないと」
責任感の強いレオさんらしい。本当に倒れるまで頑張りそうで、不安になる。
いままで顔すら合わせることが少なくなっていただけに毎日刺繍をしながら心配してきたけれど、こうしてお話ができても、やっぱり心配なものは心配だ。
「あっ」
「? どうかした?」
「私、お渡ししようと思っていたものがあったのを思い出して」
気持ちがいっぱいいっぱいで、忘れてしまっていた。せっかくレオさんの体を案じながら作った品だ。いま渡さずしてどうする。
「あの、これ、ドレスのお礼で……つたなくて恥ずかしいのですけれど」
可愛らしくラッピングしたハンカチを手渡すと、レオさんはちょっとだけ驚いたような顔をした。
「なんだろう、温かい感じがする……開けてもいいかな」
「勿論!」
そんなに上手ではないから恥ずかしいけれど。社交の場にも普段にも使えるシンプルなものを選んだつもりだ。お母様も褒めてくださったから、ハンカチ自体のチョイスは間違っていないと思う。
「ハンカチ……この刺繍はクリスちゃんが?」
「はい、頑張りました」
「すごいね、こんな複雑な模様、初めて見た」
「実はセルバさんから教えていただいた、回復魔法の魔法陣です」
ブハっとレオさんが噴いた。
「魔法陣!?」
「はい、セルバさんの職場の床に、この魔法陣が彫られていると聞きまして」
「え、セルバって宮廷魔導師だよな」
「ええ。魔導師の皆さんって、泊まり込みで研究することも多いそうで、いつも疲れているから、その魔法陣の上に立って回復したりするんですって」
温泉みたいなイメージだろうか。ポカポカしてきて癒されるらしい。
「セルバさんがこんな感じの魔法陣だよって、ささっと書いてくださったものを参考にしたんです。だからそこまで効果は期待できないんですけれど、どうしてもレオさんの体が心配で」
そういった途端、なぜだか爆笑されてしまった。