俺、絶対に侯爵位を掴んでみせるから
「ごめんなさい、心配かけて。結局……私、足手まといになるだけで……なんにも、できなかった」
「そうでもねえぜ」
新たな声に顔を上げたら、マークさんが幌の隙間からこちらを覗いていた。
「しっかり応戦しようと思ってたんじゃねえか。その短剣、そのつもりだったんだろう?」
言われて、まだ短剣を握りしめたままだったことに気が付いた。
「それにこの樽。クリス、お前の仕業だろう。危なかったなレオ。お前下手したらクリスに刺されてたかも知れねえぞ」
箱入り娘にしちゃ上出来だ、と笑ってマークさんは機嫌よく去っていった。
「あーあ、敵わねえな、ちくしょう」
小さく呟いてその姿を見送ったレオさんの目がゆっくりとこちらを向いて、まだ握り締めたままの私の短剣をとらえる。
そして、ふっと表情を緩めた。
「手、白くなってる」
レオさんにそっと手を取られて、初めて気が付いた。私の手はまだふるふると小刻みに震え、短剣を握りしめたまま白くなっている。レオさんは握り締めすぎて離せなくなった短剣を、私の手から慎重にはぎとってくれた。
そんな肝が冷えるような事件があったものの、それ以外はおおむね順調な旅を経て、私たちは無事にリントウに辿り着いた。
ガレーヴの村人よりもさらに交渉慣れしていない素朴な村人たちに、レオさんは交易とはなんなのかから丁寧に説明していく。
最初は意味がわからない風情で小首を傾げていた村人たち。それでもレオさんの穏やかな口調とわかりやすい説明で、近隣の野山にある果物などを出荷すれば自分たちの生活が豊かになるということを次第に理解しはじめると、俄然やる気に満ちた目で話に加わるようになってきた。
三日ほどリントウに滞在している間に、交易とはなにかから始まったレオさんの交渉は、王都との交易ルートを作るところまで、しっかりと進められているようだった。
「どうだ、侯爵殿にいい土産ができそうか?」
「ああ、おかげであの狸おやじにも、一目置かせるくらいの結果は出せたと思う」
「あれを動かせるならたいしたもんだ」
「山賊の問題はあらかたカタがつきそうだし、あとは道の整備だろ。狸おやじも面白がりそうな話が聞けたから、うまくいくでしょ」
「ならいい。お前はまだ学生だ、伸びる可能性を提示できることのほうが重要だろうからな」
「わかってる」
しっかりと頷いて、レオさんは急に私に向き直った。
「クリスちゃん、俺、絶対に侯爵位を掴んでみせるから」
レオさんが私の両手をしっかりと握って、そう宣言する。
「はい、頑張ってください」
なぜ私に宣言するのかはわからないけれど、レオさんが真剣だから、心から応援しようと思う。なぜか、マークさんが鼻の頭を掻きながら、苦笑いしていた。
納得がいく交渉ができたらしいほくほく顔のレオさんの指揮で、馬車には交易品が次々と運び込まれる。
笑顔の村人たちに見送られながら、私達は王都への帰途についた。