お父様、ありがとうございます!
「まあいい、私が交渉するレベルのものは国政に係わる高次の案件が多い。市井官としての知見を得るなら町や村で実際に行われる取引を見るのもいいかも知れないな」
「それでは」
「ああ、許可しよう。ハフスフルール家の者なら、それなりに学べる点もあるだろう」
「ありがとうございます!」
お父様にそう言わしめるハフスフルール家に少し驚いたけれど、とにもかくにもこれで難関は突破した。私はそっと胸をなでおろす。
「クリスティアーヌ、くれぐれも事情を知るふたり以外に、素性が知れることがないように気をつけなさい。ただでさえ女が旅に出るのはまだまだ危険が多い。ましてや公爵家の娘と分かれば危険はいや増すだろう」
お父様の言葉に身が引き締まる。
「本来なら嫁入り前のお前を、旅に出すのも心配だが……無事に、戻るのだぞ」
「はい、絶対に」
そう言いながらも私の願いをかなえてくれるお父様には感謝しかない。
絶対に公爵家令嬢クリスティアーヌだとはバレないように気を付けよう。そして、私の我儘を許してくれたお父様とレオさんのご厚意にしっかりと応えられるよう、ひとつでも多く学んでこよう。
そう、誓った。
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それからひと月くらい経ったある日のこと。私は厨房で女将さんと新作料理の研究をしていた。
実は資料室でたくさんの本を漁るなかで、ほかの国の調理方法や調味料の作り方が記載されている本を見つけて、女将さんと実際に作ってみたりしていたのだ。
食材も品数が少ないと思っていたけれど、調理方法も調味料も少ないから単調な味になりやすい。日本の豊富な食事情に比べると、シンプルで味気ない料理が多いというのが現状だ。
ただ、前世もしがない高校生、バイトはウエイトレス、家での手伝いは専ら下ごしらえと洗いものだった私には、食事情が寂しいことはわかってもどう改善すればいいのかなんて、さっぱりわからなかった。
お味噌や醤油が恋しくても、多分大豆からできている、くらいしか知らない私は、食の方向でなにか改善しようだなんて思ったこともなかった。でも、あの珍しい食材が出てきたときに女将さんがぼやいていたのを聞いてしまったから。
「せっかく珍しい食材が手に入っても、味付けが一辺倒じゃ味気ないよねえ」って。
だから書物に出てきた魚醤の作り方や貝のエキスを用いた調味料、植物系のものからできるソースの作り方を女将さんにそっと教えてみたのだ。