無理は承知で
「クリスちゃん、頑張ってる?」
その週のマークさんとの特訓中、またもやレオさんがテールズに現れた。このところレオさんは毎日がとても充実している様子で、疲れたなかにも楽しそうな笑顔を見せることが多い。
紅月祭の準備が順調に進んでいるのかも知れないと思うと、私も嬉しい。
「お、また邪魔しにきたな」
ニヤリと笑ったマークさんは、目くばせで訓練の終わりを告げる。
大分それぞれの型が形になってきているから、このところはマークさんの動きもさらに容赦がなくなってきていて、より実践に近く、以前と同じ時間やっていても消耗が激しい。だからなのか、レオさんが持ってきてくれたレモン水が余計に喉に染み渡った。
階段に座った途端どっと汗が噴き出してくる。その汗をタオルで拭いていると、レオさんは私を気遣いつつも、マークさんに視線を向けた。
「邪魔とはひどいな、ちゃんとマークに用があるんだよ」
「今度はなんだ」
「また近々、ガレーヴに行く予定なんだ。今度は実際に物資を仕入れるための交渉と荷入れも兼ねてだから、一カ月後くらいかな。体を空けておいて欲しい」
「セルバにも声をかけておかないとならないな、その間クリスの護衛ができなくなる」
ふたりの会話を聞いて、私はいても立ってもいられなくなってしまった。だって物資の仕入れと交渉と聞いては黙ってはいられない。
「レオさん、そのときは私も連れていっていただけないでしょうか」
勇気を出してお願いしてみる。レオさんは当然、ポカンとした顔をした。
「は? え、ごめん。いまなんて言った?」
「私もガレーヴに連れていって欲しいのです。どうしても、辺境の村の暮らしやそこで行われる取引などをこの目で見たくて」
「いやいやいや、行って帰ってくるだけで二週間以上かかるんだよ? 道だって悪いし魔物や盗賊だって出るんだって。俺の怪我、見たでしょ? 危険だよ」
「できるだけ足手まといにならないようにしますから」
自分でも、無理を言っている自覚はある。それでも、交易が本格的に始まる現場を生で見てみたかった。
私には圧倒的にいろいろなことの経験が足りない。知識はあと追いでも詰め込んでいけば少しはついていくものだから、いま頑張って習得している。でも、経験だけはそう簡単には習得できないから。
たとえばルーフェスならば、いま市井官になったとしてもある程度の成果を上げられるんじゃないかと思う。小さな頃からお父様と一緒に所領を廻り、その仕事を手伝ってきたルーフェスとは経験値が違いすぎる。
私は、身内だからこそ如実に感じるその差を、少しでも埋めたかった。