私なんかでいいんですか?
そういわれれば、いまとなっては思い出すのも稀だけれど、ゲームでも紅月祭のパートナーのお誘いって、そうだったかも知れない。
深紅のバラの花束だったり、紅を基調とした髪飾りだったり、そうそう、殿下は真っ赤なドレスだったかしら。そんなこと、すっかり忘れてしまっていた。
「そういうわけで、今年のパートナーは俺でもいい?」
「も、勿論! レオ様こそ、私なんかでいいんですか?」
「当たり前じゃないか、俺がお願いしてるのに」
「だって、だって、レオ様、すごく人気があるから」
「え、そうなの? 俺、人気あるの?」
レオさんはキョトンとしているけれど、なんと自覚がないのだろうか。
ひと声かければ我こそはという女性がわらわら集まりそうなものなのに。
「ああ、でもよかった! もたもたしているうちに無鉄砲なヤツが先に申し込んでいたりしたらどうしようかって、ずっと心配だったんだ」
レオさんがほっとした顔をしたところで、奥の部屋の扉が開いて、グレースリア様が顔をのぞかせる。
「その様子だと、無事に受けていただけたようね」
「グレース! ありがとう、君のおかげだ」
「まあ、いつになく素直で気持ちが悪いわ。それくらい嬉しかったってことかしら」
相変わらず息の合った会話が楽しいけれど、ほんの少しだけ「いいなあ」とも思ってしまう。
私は自分の気持ちに少し驚いた。おふたりは子供の頃から懇意にされていたのだから、当たり前のことなのに。
自分の中に湧いた不可思議な気持ちに首を傾げていたら、グレースリア様がからかうような調子で声を上げる。
「ねえ、聞いてくださらない? レオったら昨夜、旅先から帰ったその足で、お父様に直談判しにきたんですのよ」
「直談判?」
「ええ、旅先でお父様を相手取って交渉できる材料でも見つけてきたのでしょうね。後ろ盾になってくれと頼まれたって、お父様が苦笑していらしたわ」
「おい、グレース!」
レオさんが慌てた様子でグレースリア様を止めるけれど、悲しいかな私にはいまひとつ、グレースリア様が言わんとしていることが掴めなかった。
「いいじゃないの、さっきの栞と一緒で、はっきり言わないとわからないこともあるでしょう」
「お前、聞き耳立ててたな!?」
「当然でしょう。部屋を貸したうえにお膳だてしてあげてるんですもの。結果首尾よく了承を得られたわけでしょう? 聞き耳を立てるくらい当たり前だわ。ときにクリスティアーヌ様」
「は、はい!」
急に話をふられて、思いっきり動揺してしまった。グレースリア様に言い負かされたレオさんのきまり悪そうな様子が気にかかるけれど、ここはグレースリア様のお話を聞くしかないだろう。
「レオがそこまでしてお父様に後ろ盾を求めたのは貴女のためよ」
「えっ」
「気軽に誘うには貴女の家柄は高すぎるのよ、なにせ公爵家ですもの。お祭りだからっておいそれとは誘えないわ。筋を通そうとするなら特に」
「グレース、そういう生々しい話はさ」
「裏で散々そういう生々しい動きをしているんでしょうに。観念なさい」
レオさんの弱めの抗議をピシリと抑えて、グレースリア様は私の目を真正面から見つめると、さらに言葉を継いだ。
「貴女に相応しいドレスを贈ったり、貴女のお父様に根回しをしたりするにも、家格と財力と人脈が必要なんですわ」
「ドレス」
レオさんの顔に、それは考えてなかった、と書いてある。私だって自分で用意する気満々だったけれど。
「お父様がレオの後ろ盾を了承なさった以上、バックアップは存分にさせていただいてよ。楽しみにしておいてくださいませね」
ふふ、と挑戦的に笑いながら美しい黒の御髪を掻き上げるグレースリア様に、私はすっかり圧倒されてしまった。