緊張の帰邸
あっという間に拉致られて、湯船に浸けられ体中を磨かれる。自分なりに出来るだけ整えたつもりだったけど、どうやら全然ダメだったみたいだ。
久しぶりに豪奢なドレスに腕を通しながら、部屋付きの侍女シャーリーには泣かれ、侍女長には苦言を呈されている。
私は二人が話す言葉も、支度を手伝ってくれるメイド達の手つきや表情も、これまでになく注意深く観察した。
今まで全ての事を深く考えずスルーしてきた私が人とちゃんと関わっていくには、まず相手に興味を持って相手を知る事からスタートするしかないんじゃないかと思うから。
準備が整い部屋を出ると、美しい貴婦人が出待ちしていた。
「漸く帰って来たわね、この馬鹿娘。本当に心配ばっかりかけて…兄様が禿げたら貴女のせいよ」
お父様の妹である、アドリエンヌ様だ。私の家庭教師でもあり、邸で1、2を争うくらい私に厳しくしてくれた人だ。そう、侍女長と同じくらいには厳しかった。
優しくされる事に裏があるんだと怖さを感じていた私は、むしろこの二人の厳しさに、僅かの安堵を感じていた。
「殿下に袖にされたくらいで出奔とは情けないこと。夜闇に紛れて邸を出る勇気を持つくらいなら、女の武器を駆使してでも、難局を切り抜ける気概を持ちなさい」
少し高飛車に顎を上げる姿は、いつもと変わらず美しい。
「あのリナリア嬢のように、甘言でも涙でも、信頼でも、媚でも。必要な時に必要な手段を使えなくては、社交界など乗り切れなくてよ?」
そう言って意味ありげに微笑む。
「もちろん彼女のような目的に使う必要はないけれどね。…大事なのは、手段を何のために使うかなのですよ、クリスティアーヌ」
家庭教師の顔に戻って、厳しくも落ち着いた声で、諭すように言ってくれた言葉は、多分これからお父様と話す内容に関係している事なんだろう。
「さあ、分かったならお行きなさい。貴女のお父様が首を長くして待っていてよ」
「ありがとうございます、アドリエンヌ様」
その場を辞してお父様の元へ向かう。
「貴女、少しだけいい瞳をするようになったわね」
アドリエンヌ様がそう言って微笑んでくれたのが、嬉しかった。
そしてついに、お父様がおいでになる部屋への扉が開かれた。
これまでの中で一番緊張する。間違いなく、今回の件も含めて一番迷惑をかけた。
「お父様…」
開口一番、詫びの言葉を連ねる。
でも、その言葉は途中で遮られた。