ついに婚約破棄の日が
「クリスティアーヌ、君の考えに私は賛同出来ない。相手が庶民だからといって、何をしても許されるわけではないんだよ?」
悲しげな瞳で、私の婚約者は言う。
「随分とリナリア嬢に酷い事をしたようだね。……私は、そんな君を国母には出来ない。婚約は破棄させてもらうよ」
穏やかに、でも強固な決意が滲みでる声色で下される皇太子殿下の宣言に、私も粛々と頭を垂れた。
「……仰せのままに」
皇太子殿下と取り巻き達の冷たい視線が降り注ぐ。密室でたくさんの男の人達に囲まれて糾弾されるのって、分かっていた事であってもやっぱりこんなに怖いものなのね。
でも、不思議。本来のゲームではもっとこう……罵詈雑言をぶつけられていたと思うけど、私が反論しないせいかしら?
内心首を傾げながらも部屋を退出しようとする私に、尖った声が追い打ちをかけた。
「本当に……本当にそんなバカな事したのか、姉さん。見損なった……公爵家の恥だ」
「身に覚えはないけれど…皇太子殿下が下された決断ですもの」
私の言葉に、弟は苦虫を噛み潰したような顔をする。実際「酷い事」とやらをした覚えはもちろんないけど、この国で王族の裁定は絶対だ。判決は覆らない。
ただ皇太子殿下は別の意味にとったらしい。深いため息をついて私への処分を口にする。
「私が言った意味が分かるまで謹慎していたまえ。……最後に何か言いたい事はあるか?」
しばらくは顔も見せるなって意味ですね、ご安心を。もう二度と貴方達に会う事なんかないんだから。
……ああ、でも。
「一つだけお願いが。御前には二度と現れませぬ故、此度の事は私一人の咎にしていただきたく」
「もちろんだ、君の父上も弟も優秀な人材だからね。君にも家族を大事に思う気持ちくらいはあったようで安心したよ」
酷い言われようだなぁ。私だってこれまで大切に育ててくれた恩くらい感じてるわよ。
たとえ今夜これから勘当され、これから市井で一人暮らしていくんだとしても。
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私が前世の記憶を取り戻したのは、わずか7歳の時だった。
前世の私はバイトに部活にと飛び回る元気な女子高生だった。お父さんとお母さんは共働きだったから、家に帰ればヤンチャな弟二人の面倒を見つつそれなりに勉強して、空いた少しの時間で趣味のゲームを楽しむという忙しくも楽しい日々で。
なぜ死んだのかは分からない。気がついたらこの世界にいて……さらに恐ろしい事にこの世界は、女子高生だった私があの時夢中になっていた乙女ゲームと酷似していたんだから。
そう気付いた時の驚愕と絶望感は忘れられない。