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特徴3、生身時代の癖に由来する能力が発現しやすい

:::3

 最初にそう言い出したのは旧合衆国のギークと呼ばれる連中の集まる掲示板だったらしい、20世紀末に流行したSFコミックの似たような描写を古典派の奴等が発掘してきたそうだ。ギリシャ神話の五十の頭と百の手を持つとされる巨人にちなみ、本来の感覚器・四肢以外の部位をも自由に操るサイボーグをそう呼んでいたそうだ。

もっとも其処で描写されるヘカトンケイルはあらゆる義体を当然のように操って悪をバッタバッタと倒すヒーローだが、今ある現実は随分つつましい。神話に出てくる万夫不当を今の彼らが名乗るのはやはり大げさだと思う。いや何処かにそんなヒーローがいるのかもしれない。が、冗談のような強力な武装を使う者は居ても、万能の使い手はついぞ現れなかった。

 

 などとネット上の事典にでも書いてあるような事をつらつらと思うのは、今退屈な仕事をしているからなのか、窮屈な周囲の環境のせいなのか、一週間も風呂はもちろんメンテも受けずにいる為なのか、かれこれ半日は噛んでいるガムが味がなくなったのを通り越してもはや苦い域に達したが故か。

とりあえず鬱屈した気分が余計な考えを引き起こしているのは間違いない。


 ヘカトンケイル、あるいは霊格外義体適応症候群と呼ばれるサイボーグあるいは情報インプラントを施した人間の条件は以下をもって定める。

 1・本義体に装着された人体が本来持ち得ない機器を思考のみで操作できる

 2・本義体と物理的に切り離された義体もしくは機器を思考のみで遠隔操作できる

 3・それら機器の誤操作時、または本人が事故病気等で前後不覚に陥った際に操作中の機器が暴走ではなく鎮静状態を取ること

ただし例外が1人出現する毎に増えるような状況で未だ法的にも学問的にも完全には定まってはいない。

 

 左手人差し指につけた指輪を親指でクルクルと廻しながら事典の続きを考える。こんな文面だったっけ?ネットに繋げば暇人共が編集したアマチュア事典から、国や医療機関の案内、あるいは反サイボーグテロリストの熱い主張も見ることが出来るだろう。しかし思うに任せた自己の認識を浮かび上がらせて比較することで暇を潰せるかもしれない。右手は三脚に固定した双眼鏡の操作レバーと遠隔の監視装置からの映像を表示させたタブレットを行き来する。

今世紀では緩やかな回復を見せているが、全世界的に人口を減少させた前世紀の大戦はこの国の地価を大いに下落させた。それにしてもこの広さはやはり金持ちでしか維持できない、競技場何十個分と表現するにふさわしい広さのこの大森林の所有者が今回のターゲットだ。

任務は護衛と監視。誰かに殺されないように、逆にお痛をすれば物によってはしかるべき所に通報し、使えそうなら脅迫用に記録する。おせっかいな公安警察によるストーキングである。


 霊格とは何ぞや。霊格とは魂の範囲である。生物の魂が肉体を認識し操ることができる境界線である。

種によってその枠は定まっている、単純な生物ほど容積・形態の範囲が広い、しかしその認識し操る精度は低い。大きな脳、複雑な思考、応用力を伴う行動を行う種ほどその範囲は狭まっていく。人は人としての枠が閉じられたからこそ発展できたのである。


 うん、思考のwebサーフィンが始まった、いい感じに煮詰まっている。

どっかの霊能者もどきがテレビで言ってた事だったような? 突飛な単語がメジャーになると、それを使って詐欺師が頑張り、意義ある言葉が陳腐に成る過程の追体験だったなあ、とサイボーグ過渡期を目の当たりにした年代である定年を過ぎているはずのメンテ技師が雑談で言っていた。昔は波動とかイオンとかがそういう風につかわれたとか。ハゲ頭でゲジゲジ眉毛でグワッと目を見開いたテンプレートな怪しいジジイが断言した人の発展云々は胡散臭いが、人の境界線・枠って話は経験則としてサイボーグ実装初期から言われ出した事だった。


 この国ではサイボーグになるということは政府の支配下、備品になるということだ。月に一回の出頭(市町村役場もしくは自治体が委託しているコンビニでも可)、半年に一度指定機関で検査を受け、装備の等級によっては災害時に警察消防への協力の義務すらある。これは火の中水の中に飛び込めという一般人なら死ぬ命令すら拒否権が無い強力なものだ。

しかしサイボーグを維持する費用は通常の医療保険より優遇され、望むならより新しく高機能な部材への変更すら補助がでる。なにより準公務員として他の仕事をしていようが等級に準じた一定の手当てまで出る始末だ。

なぜこんなに手厚いのかと言うと、国防上全身サイボーグ兵士は欲しい、が自由主義国家であるわが国ではそうなることを強制が出来ない。その上サイボーグ化とほぼ同時に実用化された、人体複製技術により欠損病損に対しては複製「クローン」からの移植によって生体への回復を望むのが大半だからである。


 そういえば自分が最初に受けたのはクローンからの移植手術だった。小学校に入った頃だ、交通事故に巻き込まれ失った左手の人差し指と中指を汎用の一番安いコースで移植を受けた。くっついて通常通り動けばいい程度を保障されたその手術で取り戻した指は、地黒の自分の手の甲と比べて生白く明らかな移植痕もあって、当時の自分は気に入らないと不貞腐れ、親に文句を言っていた。大人になってみれば明らかに当時の自分の家とは不釣合いな費用を掛けるその移植を決断した親へ、あの時なぜ感謝を伝えられなかったのだという事を後悔するばかりだ。もっともその後の全身義体化によって両親の愛情の印は無くなってしまったが。つくづく自分は親不孝者である。

 そして今のこの仕事も人様にとても言えないものだ、周囲には民間警備・軍事会社所属の事務員であると伝えてある。給料の支払いや年金等の手続きもその所属で届くようにしてあるが、親には暗にそれは偽装で何時死ぬとも知れぬ、その死に様も伝えられないであろうと説明しておいた。が、女親にはそんな事情は関係ないらしく結婚はまだか、孫はまだかとせっつかれる。これだけ家を空けたとなると帰ったらまた見合い相手を見繕い、母から見た感想やら愚痴やらが詰ったメールがサーバーに堆積している事だろう。


 もう帰りたい風呂に入りたい美味しいご飯が食べたい。碌に手入れされて無い荒れ放題の山林、その峰にそびえる大木のにまとわり付く蔦のように偽装した樹上の監視基地でネガティブ思考をぐるぐる廻す暇つぶしをしていると下から緊張感のない少女の声が聞こえてきた。

「ワッカサーン」「オトドケッモノディーッス」「ドッコデスカー」「ワッカサーン・・・」

「上だよ、ミツヨ」

大木に寄り添うように半分地下に埋まったベースキャンプの前で部隊の補給通信担当が小声のつもりの大声を出していた。


「わか姉さん本当に真面目だねえ、わざわざ目視で観察なんてさ。モニターのアラーム見てるだけで良いって課長も隊長も言ってたのに」

「それじゃ間がもたないんだよフタバ、ここまで何もないとねえ。暇つぶしが覗きになっちまうのさ」

「覗きっていってもあのひとずっと引きこもりじゃない、テロ予告もらったからってここまで閉じこもっちゃうなんて悪人の風上にもおけない小心者だよ」

彼女は全身サイボーグではあるが荒事には当たらない、通信に特化した珍しいヘカトンケイルでサイボーグ化した年齢である少女のままの姿でいる。武装は最小限でハンドガンやナイフ程度、耐久力、持久力に特化した身体構成により補給連絡係として部隊へ貢献している。その能力は三つ子の姉妹の間で電波その他を介せずに通信が出来るというものだ、部隊の技術担当によれば量子暗号通信よりもセキュリティが高いという。それはテレパシーなどの超能力の分野じゃないのかと聞いたが、詳細は秘密ですけど暦としたヘカトンケイレスですよ、とのことだ。もっとも通信速度は思考の上で口や手を介するが故に太古の人力デジタル通信であるモールス信号以下らしい。


「ジャングルの中にあるコンクリートの要塞に1ヶ月引きこもって何してるのかねえ?電気はやたらと使ってるし水もポンプが引っ切り無しで動いてる感触があるけど。通信とかは本部でも傍受できてないんだろ? ヒトミ」

「うん完全にスタンドロンだって、今も何も出てこねーって本部でオッサンどもがぼやいてる。いろんな通信方法で悪者の部下の人たちが散々呼びかけてるけどダメだね、返事ひとつもかえってこないって。メールサーバーはあの建物内にあって、受け取ってる所までは確実だってさ。あとやっと正解、今日のあたしはアルファさんでした、姉さんはわざとかってほど3回必要だよねぇ。わざとなの?」

「むしろあんた達がなんでそこまで三人でそっくりであることを維持してるのかがわからんよ。髪の長さやメイクとかもおそろいなんだろ?」

「そーいうのもお仕事上必要なんですよー」

彼女達はアルファ、ベータ、ガンマとコードネームを自称しているが、こちらから積極的に聞かなければ「私」としか答えない。3人共に個性を消す、というよりは個性を並列化させているようだ。華やかな顔立ちのミドルティーンが陰気くさい公安支部の建物内に居る事はとても個性的ではあるだろうが。

彼女達が私服で歩く姿も見たことがある、髪のアレンジも三様に変えて服も違うものを着ていたがそっくりの三つ子ではなく、同じ人間が3人違う服で歩いてるように見える違和感は中々のものだった、通販カタログのモデルの着まわしやテレビで同一人物の服装比較を合成してる場面が現実で見えているような感じだ。

だからだろうか、外への仕事は1人ずつしか派遣されない。通信機として派遣されるなら当然と言えば当然だが。


 などと視線を合わさぬままでお喋りしながらお互いの仕事をこなす。自分は監視、彼女は補給物資の搬入と回収だ。食料と衣類、弾薬、バッテリー等を補給し、もっとも弾薬は一度も消費していないが。排泄物と消費された補給物のゴミを手早くまとめる。しかし今までの監視とは違う命令を下されるようだ、新たに置かれた物資はどう見ても半日分で、弾薬は過剰なほどである。

「はいねーさん注目、隊長からお知らせです」

今までテキパキと仕事をこなしていた彼女がふいに正座になり、私へ真っ直ぐ正対する。そして一礼すると膝の上に指を真っ直ぐにしたままの両手を重ね、背筋を伸ばし半目になった。

「これまでの観測調査により被疑者Aはテロ予告に対して過剰な防衛手段をとるつもりであると我々は結論付けた」

「大量の電気・水の使用、既に搬入されていた物資の質・量、施設内の設備の業者への聞き取り等の裏づけにより彼は何かしらの装甲車両あるいはそれに準ずるものを作っていると考えられる」

「またAには精神疾患での通院と薬物の使用暦もあり、テロリストと共倒れどころか被害妄想からの無関係な周辺への加害が予想される」

「よって本日日没をまって当該施設を急襲、車両等の制圧破壊とAの逮捕を行う」

「ウィスキーは先行して施設の突入口を確保、後続がそれを維持次第内部に浸入せよ」

「突入と同時に無線はオープン、報告は密に。電波等の妨害施設は優先して破壊」

「施設内部はこの期間で改変、要塞化されていると思われる。先般入手した見取り図は参考程度にし慎重に行動されたし」

「ちなみにうちの技術屋の連中が言うには、作ってるのは8割の確率で巨大ロボット!乗り込める奴!だそうだ」

「わかねーさん悪の巨大ロボットを倒す正義のヒーローになれるぜ、以上!」



まさかのつづく

これがまとめきれないって奴かー

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