後編
「梓。二十四日は、空けてあるよな?」
帰り道。
ずっと、彼が私の腰を支えて、歩いてくれる。
「空いてないよ」
嘘、空けてある。
ただ、悪戯してみたかっただけ。
前に一度有ったから、一様空けておいたのだけど…。
「え〜。イブの日、空いてないの…。ちょっと、それは困るなぁ……」
と彼が、小声で呟く。
そんな彼に。
「嘘だよ、ちゃんと空けてあるよ」
クスクス笑いながら答える。
「なっ……。梓、嘘はダメだろ」
これぐらいは、許して欲しい。彼女の事があったから……。
「でも、彼女はいいの?私なんかに構ってていいの?」
意地悪な質問をしてみた。
「彼女って、梨杏のこと?」
不思議そうに聞いてくる彼の言葉に頷くと。
「梨杏は、姉貴のところにバイトに来てる子だよ。ただ、同じ学校で同じ時間帯に入ってるから、迎えに来るだけで。なんとも思ってないよ」
って、何でもないように言う。
それでも、気になるのは私だけじゃないはず。
だって、その梨杏ちゃん、あなたに惚れてるじゃん。見てればわかるよ。
何て言えない。
「何?嫉妬してるの?」
「う…うん、ちょっとね。彼女、私より可愛いしね」
しかも、凄い自信家っぽい。
「そんな心配無用。オレが好きなのは、梓だけだから」
って、耳元で囁かれた。
う……。
もう、そんな風に言わないで…、顔が火照るじゃんか…。
「どうした、梓?顔、赤いよ」
ニヤニヤ顔の彼。
「何でもない」
って言うのがやっとだった。
クリスマスイブ前日。
やっと編み上げたマフラー。
両端に房をつけて完成。
完璧とまでいかないけど… ね。
後は、メッセージカードを一緒に入れてラッピングした。
それを鞄に仕舞った。
喜んでくれるかなぁ…。
クリスマスイブ当日。
待ち合わせは十八時半。
彼から言われたことは。
「大人っぽい服装うで」
ってこと。
大人っぽい服って?
う〜ん。
どんなコーデがいいの?
あ〜ん、わかんないよ。
こんな時に限って、お母さん出掛けてて居ないし……。
唯一頼れるのは……。
朋子しかいない。
私は、すぐに電話した。
『何?』
おっと、何故かご機嫌斜めな声が……。
「もしかして、デート中だったりして……」
ちょっと、たじろいでしまう自分。
『大丈夫だよ。で、何だった?』
「あのね。大人っぽい服装ってどんなの?」
『今更何言ってるのかな?まぁ、梓らしくていいけどね。普段コーデで大丈夫だと思うよ。それにアクセヲプラスすればそれらしく見えるし…。それに、髪を少し巻くだけでフンイキ変わるでしょ』
って…。
う〜ん。
「わかったような、わからないような…」
『じゃあ、普段余り着ない服を着ていけばいいじゃん』
普段着ない服…か。
「それなら…」
『あるのね。じゃあ、それを着ていけばいいじゃん』
「ありがとう」
『うん。楽しんできなよ』
「朋子もだよ」
『当たり前でしょ』
声のトーンが上がる。
「メリークリスマス、じゃあね」
『うん、メリークリスマス』
電話を切ると急いで着替えた。
待ち合わせ場所に着くと、辺りを見渡した。
まだ、彼は来てないようだ。
私は、人並みに流されないよう、隅で彼を待った。
「梓。待った?」
って、近づいてくる彼。
彼の姿をマジマジと見いちゃった。
白のシャツに藍色のカーデガン、白のバックルハーフコート、チェックのパンツ(黒っぽい)に黒のショートブーツ。
いつもと違う雰囲気の彼に釘つけになっちゃった。
「どうした?」
困ってる私を心配そうに見つめてきた。
「う…うん。紫音くんが、余りにも格好いいから、見いっちゃっただけ」
「えっ…そっか……」
照れた顔を見せる、彼。
「梓も、可愛いじゃん」
「え〜。そんなこと無いよ」
「あるって…。他の男供が、お前のことチラチラ見てるんだけど…」
うん?
他の男?
私は、辺りを見渡してみる。
誰も見てないと思うけど……。
ん?
「…梓、イルミネーション見に行くぞ」
彼が、私のてをとって、歩き出した。
「梓、それ着けてくれてるんだな」
ボソッて、言うから。
「うん。紫音くんからもらった物たちだからね。家では、普通に着けてるよ 」
学校やバイトには着けていけないけど…。
身に着けてると彼が傍に居るような気がするんだよね。
「ありがとな」
そう言って、照れ笑を見せる彼。
あーあ、こんなに照れてる彼を見るのは、久し振りかも…。
「こっちこそ、ありがとう」
私も笑顔で答えていた。
イルミネーション会場では、幻想的な世界に魅せられて、言葉数少に後にした。
その後に連れてこられた場所は、イタリアンレストランだった。
店の雰囲気は、とても落ち着いていて、居心地が良さそうだ。
「予約していた流崎ですが…」
って言葉が聞こえてきた。
予約してくれてたんだ。
「ああ。香音の…。うん、聞いてるよ。席まで案内するな」
って…。
香音さん繋がり?
私は、そんなことを思いながら席に着く。
席は、窓側の席で、街路樹のイルミネーションが綺麗に見えた。
「梓、何食べる?」
彼がメニューを渡してきた。
「外、寒かったから温かいものがいいなぁ」
どれも、温かそうなんだけど……。
「じゃあ、店長のお薦めにする?」
「そんなこと出来るの?」
「エッ…あ、まぁ。姉貴の知り合いの店だから…」
「ならそれでいいよ」
「ん、わかった」
側にいたウェーターに彼が声をかけた。
「はい、なんでしょう?」
「店長の長浜さん見えますか?」
「エッ…。あ、はい。お待ちください」
そんなやり取りを私はただ見ていた。
「何だよ。このくそ忙しいのに!」
との第一声だった。
「お久し振りです。恭哉さん」
平然とした態度で彼が言う。
「あぁ。で、何の用?」
苛立った声で、答える。
「恭哉さんのお薦めメニューって何ですか?」
「ん?どれもお薦めだけど、強いて言うならこれかな」
メニューを広げて指差した。
美味しそう。
「ってか、お前、彼女いたのか?」
「それ、何気に酷いです。一周年記念も兼ねて、ここに予約したんですけど…」
彼が、拗ねてる。
滅多に見れない姿だよ。
何か、可愛い。
「ああ、それでか…。うん、なら、俺から一つプレゼントしてやるよ。それから、俺のお薦めを数種類運ばせるから、それでいいか?」
「ありがとうございます」
「香音の頼みだったしな。で、紹介してもらえないのか?紫音」
さっき、忙しいって言ったのに…。
「あっ、うん。オレの彼女の田口梓さん」
「始めまして、田口梓と申します」
座ったままペコリとお辞儀をする。
「ご丁寧にどうも。俺は、紫音の姉香音の婚約者、長浜恭哉。よろしく。梓ちゃんと呼んでも?」
「あっ、はい。構いません」
「それじゃあ、ゆっくりしていって」
それだけ言って、恭哉さんは戻っていった。
「いい人だね」
「ああ、あの人、姉貴にベタ惚れしてて、姉貴もついに折れたって感じだった」
彼は、溜め息を付きながら言う。
この店は、お姉さんとの繋がりで知ってただけ?
でも、紫音くん、一周年の事良く覚えてたなぁ…。
「なぁ、梓」
「ん?」
「今日の梓、可愛すぎるんですけど…」
エッ…。
可愛すぎ?
「だって、紫音くんが言ったんだよ。“大人っぽい服装”って…。だから、『普段余りしない格好だったらいいんじゃないか』って、朋子に言われたから…」
余りにも恥ずかしくなって、俯いてしまった。
「うん。梓の雰囲気に合ってる。普段からして欲しいなぁって思ったんだ」
エッ…。
思わず顔をあげた。
「でも、他の男どもに見せたくないってのが、オレの本音。だって、オレだけが知ってればいいんだ。梓の事を一番に思ってるのは、オレなんだから」
真顔で彼が言う。
「紫音くん。私もね、紫音くんの事もっと知りたいって思ってる。私の中には、紫音くんで埋め尽くされているの。他の男の人が入る余地なんてないくらい。紫音くんの事で一杯なの。だからこれからも傍に居させてください」
私は、彼の目を見て伝えた。
「オレの方こそ、よろしくお願いします」
少し照れたように答えた。
その後、恭哉さんのお薦めの料理を堪能し、何故か、食後に私たちのテーブルにホールのケーキが…。プレートには一周年おめでとうって書かれてある。
「恭哉さん。これは?」
彼が訪ねると。
「これな、昼間に香音が持ち込んできたんだよ。“私から、二人へのサプライズ”って言いながらな」
恭哉さんが、笑顔で言う。
「で、このコーヒーは、俺からのサービスな」
茶目っ気一杯な笑みを見せる。
ケーキを切り分けてもらって、お皿にのせてもらった。
一口食べるとそのケーキは、優しい味がした。
香音さんの優しさが、染み込んでくる。
「美味しい。紫音くん、今度香音さんにお礼を言わせて欲しい」
「ああ、オレからも言っておくよ」
残りのケーキは、箱にいれてお持ち帰りした。
彼に家まで送ってもらって…。
「紫音くん、今日はありがとう。この日の為にバイトしてたんでしょ?私からは、これ。気に入ってくれるかは、わからないけど……」
私は、鞄からラッピングした袋を手渡した。
「開けていい?」
「う…うん」
カサカサと音を立てて封を開ける彼。
「…手作りマフラー。もしかして、これのせいで寝不足に?」
「うん。心配かけてごめんね。どうしても、手作りで作って、前にあげた帽子と一緒に使ってもらいたかったから…」
俯いて答える私。
「ありがとう、嬉しいよ。…で、オレからはこれ」
って、小さな箱を取り出した。
「まだ、あったの?」
「うん。こっちが本当のプレゼント」
悪戯が成功したような顔をする。
「開けてみな」
「うん…」
私は、恐る恐る蓋を開けた。
中に入ってたのは、指輪だった。
「それ、ペアリング。もちろん、梓に今まで渡してたジュエリーシリーズのやつな。気休めかもと思ったんだけど、いつも一緒に居るって意味合いも兼ねて、それにしたんだ」
そう言いながら、彼は自分の右手を私に見せてくれた。
そこには、同じデザインの指輪が薬指に収まっていた。
「いいの?」
「うん。梓のために選んで買ったんだから、梓にしてもらいたい」
真剣な眼差し。
私は、嬉しくて、頷くことしかできなかった。
「梓、右手出して」
言われるがまま、右手を差し出すと彼は、手をとって私の薬指に嵌めた。
「本当は、こっちの手の薬指に嵌めたいところだけどな」
って、彼は、私の左手の薬指にそっと口付ける。
エッ…。
それって…。
「それは、もう少し先になりそうだけど、必ず渡すから、他の男からもらうんじゃないぞ」
はにかんだ笑顔を見せてくれた。
私もその笑顔につられて、微笑む。
「ありがとう。待ってるからね」
私は、そう言って彼の唇に口付けた。
自分からは、恥ずかしくてなかなかできないことだけど、今日はいいよね。
唇を離すと、彼の戸惑った顔と照れた顔が垣間見れた。
「梓。不意打ちは、ダメだって…」
そう言いながら、片手で口許を隠す。
そして、彼は私の腕を掴み引っ張る。
「メリークリスマス、梓」
そう言って、唇を重ねた。
これで、イベント高校生終われると思っていたのですが、一つ忘れてたのでそれが最後になると思います。