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約束

作者: 孤独な観測者7.2号

 もしかしたら、俺は間違っていたのかもしれない。


 幼いころの約束をずっと守って、待ち続けた相手は今年も姿を見せなかった。


 決して、仲が悪かったわけじゃないと思うのは、俺の傲慢なんだろうか。


 周りに笑顔と喧騒の溢れる屋台の立ち並ぶ中、通りを一つだけ外れた静かな森は、賑やかさが近い分だけ余計に、今の惨めで僻んだ弱った心に突き刺さってくる。


 彼らに罪は無い。ただ、常ならば堪能できない非日常を、過ごしたい人と楽しく過ごしていることに何の罪があるというのだろうか。


 だから、ここで罪があるのは俺なのだろう。ここで心が痛み、軋み、どことも知れぬ人のいない場所で叫びたくなるのは、俺が何かを間違えたからだろう。


 誰も悪くない、なんてそれこそ納得できない。誰も悪くないのなら、俺の心がここまで痛んでいるのは一体だれのせいだというのだろう。


 原因の無い結果は無いのだ。俺の心がここで血を流している内は、必ずどこかに傷つけた罪はあるはずなのだ。











 何故なんだろうか。


 ずっと、ずっと待っているというのに、彼女は今年も姿を見せない。


 年若く、まだ十代の後半にも入らないうちに交わした再会の約束など、もうとっくの昔に時効を過ぎて、何の意味もないということなのだろうか。


 それとも彼女は俺のことを嫌っていて、すんなりと離れるためだけにあの約束を交わしたのだろうか。


 だとしたら、せめて笑ってくれなかったら良かったのに。


 楽しみにしている様子で、俺に誤解させるような笑顔を見せて、約束を交わしてくれなかったら諦めもついたのに。


 今も、俺は約束に囚われている。











 灰色をした煙が、黒と青の混ざったような空に昇る。


 視線の先には、人差し指と中指の間に力なく構えた煙草の火が揺蕩っている。


 似たようなものなのだと思ってしまう。


 小さな火が煙を隷属させるように、守られるかどうかも分からない約束にずっと縛られ続けている俺は随分と軽いのだろう。


 この煙のように、吹けば飛ぶような存在。どんなに勢いの弱く、小さな火であっても、それが火である限りは決してそこから離れることはできない憐れな虜囚。


 あるいは、火の方が憐れなのだろうか。常に、どこへ行くとも知れない、不安定でぐらぐらと揺れるようなそんな頼りない煙にまとわりつかれているその様が、ゆらゆらと揺れる勢いに相まって、離れたがっているようにも見える。











 約束は、果たされなければいけない。


 その言葉を始めて聞いたとき、それは間違いじゃないと俺は思った。


 約束という曖昧なものだからこそ、決して破ってはいけない。

 確固たる形を取らないものをこそ、守れるようにならなければ、きっとその人間はだんだんと形のあるものしか見えなくなっていくのだろう。


 物質的な欲望だけで生きられるほどに人間は強くない。誰一人味方もおらず、胸襟を開ける友人もいないまま、孤独な人生を覚悟できるほど、人は強くない


 だからこそ、人は他者との交流を求めたのだ。知恵という武器の長所を使い、弱肉強食の中で他のどの種族にも先んじて、種族としての命を繋いだ先では、知恵の持つもう一つの側面であった、呪いにも似た先の見える”不安”という複雑な感情をどうにかして沈めなくてはいけなかった。


 物質的なだけでは無い何か形にならない大切なものを、そういった不安に対して立ち向かい、逆行できるような勇気を与えてくれる心の拠り所となるものを、探さなくてはいけなかった。


 きっとそれは繋がりだった。ここで待ちながら、迷い、後悔し、明るい世界に目が眩み、約束を捨てたくなって、どうしても捨てたくなくなったとき、どうして俺は逃げないのかと自問して、なんとなくそんな答えが出てきてしまった。


 俺が俺である限り、約束が果たされなければいけないと感じる限り、俺は毎年この祭りの横で、誰の誘いも受けずに一人寂しく座り続けるのだろう。


 例えそこに彼女への失望も希望も絶望も混ざっても、俺の心が血を流し、空虚な胸の穴がボロボロと他のすべての俺を自壊させていこうとも


 まだ夜は長い。約束が果たされるまでには時間もかかりそうだ。


 逃げそうになる心を、逃げられない理由を考えることで必死におしつけ続けながら、小さく口内の煙を吐いた。


 煙はゆらゆらと揺れて、空の中に消えていった。

 約束は守られるべきだ。例え、どんなに自分が傷ついても、それがどんなに残酷でも

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