1.屋上
四月八日午後十二時と秒針を三周程。怪しまれないようにと、彼女は少し経ってから後をついてきてくれるはずだ。
屋上の扉の前でさらに秒針を二周程。彼女が走ってきた。
「走らなくてもいいんだが」
「早く来たくて」
昨日とはまた感じの違う、そんな彼女は笑顔を向ける。
「あっそ。メモ帳とかあったほうがいいことを言うのを忘れてた。けど、まぁ教室帰ったらまた教えてやるよ」
そういって僕はドアのチェーンに手をかける。
「チェーンは全部色が違う。黒、白、緑、赤、青。まず黒はだな……」
一つ一つの数字をあわせていく。彼女は真剣そうに僕の手元を見つめる。目に焼き付けて、記憶に埋め込むような鋭い視線が刺さる手元は多少震える。
「……ってなわけで南京錠は僕がすべて取り去ったから、この五つのキーロックを覚えてればいつでも入れるわけだ」
「ありがとう……ございます」
「急にかしこまってどうしたんだよ?」
「いやすごい努力してる人だなって思って」
「残念だが努力の方向音痴なんだ。お前……鷲がすごいと思うことは無いと思う」
僕は屋上へ入る。暖かい日差しがこちらを向く。ちょうど日が一番上にあるぐらいの時間帯だ。ものすごく気持ちがいい。
「気持ちいいですね」
敬語になったことがさっきからちょっと気になるけど、無視することにした。
「そうだな。僕はここで飯を食うけど、どうする?」
さらっと言ってみたが、かなりの僕はかなりの心の準備を要した。何せ女性を食事誘うもんだぜ? 緊張してるよ。だが、その緊張を尻目に、というか知らないだろう彼女は簡単にうなずいた。
「うん、別にいいよ。ご飯持ってきてるし」
彼女も準備万端だった。なんか、嬉しいな。
「……ってか昨日の今日で何でこんな仲がいいんだ!」
普通に会話していたから気づかなかったが不思議だな。
「何か言った?」
彼女は僕に続いて扉の上に上りながら尋ねる。
「何も言ってない」
僕と彼女は少し狭い空間で二人ぼっち。弁当を取り出す。お母さんが毎朝作ってるが、中身によって機嫌がわかる。今日は少し良かったようだ。
静かな屋上に響く音はかぜと、プラスチックの弁当に箸が擦れる音だけ。
「國定君はお母さんとかがお弁当作ってるの?」
「え? あぁ、そうだよ」
いきなり話しかけられて一瞬食べ物をのどに詰まらせかけた。
「僕は料理はからっきしでさ、卵割るぐらいしかできねぇよ」
嘲笑するように吐き捨てる。
「いいなぁ、料理する人がいて。うちのお父さんもお母さんも忙しくて、料理する人がなんて私だけなんですよ」
ちょっと大げさに彼女は話す。彼女もこの沈黙が嫌だったのだろう。
「料理できるのは少し羨ましいが、確かに料理できたら自分で作れとかいわれそうだな」
姿はすぐに想像できる。
「その、あの……」
彼女は何かいいたげにこちらを見る。
「迷惑……じゃないですよね?」
うっかり笑いそうになった。妙に他人行儀というかよそよそしかったのはそういう意味だったのかな?
「迷惑だったら一緒に飯食うと思うかよ。僕は迷惑なやつでも一緒に飯食うけど」
「じゃあ迷惑なんじゃないですかぁ」
小春を思い出させるようないじめがいのあるやつだと思う。今にも泣く様なか細い声。
「迷惑なんて一言は言ってないぞ。迷惑じゃないともいってないけど」
僕の一言一言に一喜一憂するように表情がころころ変わる。なんか楽しくなってきた。
「で、どうなんですか。迷惑だったら二度と屋上には来ません」
「僕は、女性と飯を二人きりで食ったことはない。後は察してくれ」
割と事実だったりする。女性恐怖症というのが根付いていた。今になってそれは全然だったりするが、以外にも男よりも女のほうが転校してきた僕を攻めてくる。一回は本当に口を利かなくなるぐらい嫌いになった。
「そ、そう」
彼女は少し嬉しそうにうなずく。屋上にこれることがそんなに嬉しいのかな。特別な場所だったりしてな。