1.事情
多少の緊張感もざわつきに飲み込まれる二階階段そばの教室。教室のドア側から二番目、後ろからも二番目の位置の席で僕は二年前以上に緊張していたかもしれない。
朗らかな陽気に照らされながら、この学校独特のチャイムを聞く。周りは勿論知らない人だらけだ。そんな僕を相手する人もいるわけはないんだが。見知らぬ顔なのだ、当たり前だろう。
「はい、皆さんこんにちは。このクラスの担任を務める室井です」
ざわつきも収まり、多少真剣な空気が流れ始める。窓越しに庭の松の枝が揺れるのを見る。
「大体の人が見知ってる顔だろうけど、新しいクラスなんだし早速自己紹介しようか」
この学校の特殊なところだ。多くの人とのかかわりを持ってほしいということで
クラス替えが一年二年三年で行われる。三年からは同じ学科の人とのクラスになるが、一年二年は完全ランダムだ。
「一人一分ぐらい自分のことを話してねー。はい、じゃあクラス番号一番の浅井君から」
始まりだした。クラス番号だと僕は十一番目か。一人一分って、全員終わるの四十分後か。
そんなことを思ってるとよく見てもいない僕の隣の席が立ち上がった。小柄な少女だった。
「情報の鷲 琴音です。鷲ってかいて「おおとり」って読みます。部活はバスケやってます」
珍しい苗字だな、それぐらいにしか思わなかった。何の変哲もない、いたって普通の女の子。
ぽかんとしていたら、いつの間にか僕の目の前の人が立っていた。
「環境の掛川 透っす。部活とかはあんまりやってないっすけど、知ってのとおり、ガールハンティングはよくやってるよー」
多少笑いが起きる。……いくら周知の事実だからって先生の前でガールハンティングなんて言っていいのかよ。ってかナンパじゃないんだな。
「掛川はいつもどおりだなー」
先生すら笑っておりますけど。正直この後に自己紹介は辛い。
「ふぅ……」
息を吐いて吸って。深呼吸を数回繰り返して立ち上がる。
「情報の國定 悠馬っていいます。僕のこと多分見かけたことある人はいないと思うけど、単純にいえば留年してるんです。でも、馬鹿で留年とかじゃなくて、一年の終わりに交通事故を起こして。次に目が覚めたのがなんと10月で。半年以上もずっと寝てたから、今一年下げてもらってまたこの学校で勉強することができます。とりあえず、よろしくお願いします」
何個かいうべきものをいい忘れていたが、ほとんど頭の中で描いていた台本と同じに読めたはずだ。
次の人の自己紹介が始まる。特に僕の自己紹介に触れてる声はなさそうだ。と思ったのもつかの間だった。
「見かけたことないと思ったら、留年したお方だったのか。しかも普通とは違う理由で」
前からの奇襲攻撃。確か、掛川とかいったか。絡まれたくないと思ってた人物から早々絡まれてしまった。
「俺、掛川な、覚えてくれよ」
多分忘れそうにないのだがなぁ……。