第七章 魚神、誕生
いまだ黒煙をくすぶらせる艦を曳航しながら、艦隊は太平洋を漂っていた。
浦賀水道を通過した時には13隻からなっていた艦隊は、その数を9隻に減じていた。
先の戦闘によって艦隊は壊滅的被害を受けた。
駆逐艦と巡洋艦が2隻づづ轟沈し、残る船も3隻が航行不能に陥って僚艦に曳航されている。
輸送艦夜刀神は比較的被害が警備であった。
唯一の武装である40ミリ機関砲は失われたものの、艦の航行能力は無事であった。
その隣にはほぼ同じサイズの見慣れぬ軍艦が併走していた。
魔術結社E∴O∴D∴所有の輸送艦オーベッド・マーシュである。
艦隊の危機に突如として現れたもう一機のギョジンガー。その母艦である。
見たところ夜刀神と同じように米軍の輸送艦をベースに改造された艦のようだが、
艦の各所には速射砲や対空機銃が備えられ、夜刀神より武装は充実しているようだ。
その向こうには灰色の巨大な瓦礫の山のようなものが海上に浮いていた。旗艦であった空母カール・ビンソンである。
艦載機の大半を失い、艦橋上部が吹き飛び、飛行甲板に至っては原型をとどめぬほど滅茶苦茶になっていた。
かろうじて甲板の一部の比較的平らなスペースではひっきりなしにヘリが離着陸している。
艦内で処置の難しい重傷者を近隣のフィリピン等の病院へ搬送しているのだ。
戦闘能力を失いながらもこの空母が航行能力を失わなかったのは不幸中の幸いであった。
カール・ビンソン艦内の一室で、会議が開かれていた。
カール・ビンソン艦長と艦隊司令、夜刀海からヘリで移動してきたH対応部隊の主立った面々。
そしてE∴O∴D∴の代表を名乗るホーヴァス・ブレイン。末席にはパイロットスーツ姿のままの摩州剛太と矢吹絵里の姿もあった。
二人とも早くパイロットスーツを脱いでシャワーのひとつも浴びたい所だったが、無理矢理大人達に連れてこられてしまった。
ホーヴァス・ブレインは70歳くらいの初老の白人男性だった。実際にはもっと年齢は上かも知れないが。
頭はきれいに禿げ上がって一本の毛も生えていない。
左右に離れた位置にある目は妙に大きくギョロギョロとよく動いた。
高級スーツの襟や袖から覗く皮膚は何か皮膚病にでもかかっているのか、角質化して鱗状になってる。
ブレインは鞄からいくつかの書類を取り出し、机の上に並べた。
それを見た大人達が息を飲むのを見て、末席の二人は何事だろうかと首をかしげた。
ブレインが示した書類は国連事務総長、アメリカ大統領それぞれの白紙委任状だった。
そうしておいてブレインは室内をジロリと見渡して宣言した。
「ミャンマーにおける作戦行動は中止。艦隊はハワイにて負傷者を降ろし、南太平洋へと向かう。
戦闘不能な艦は真珠湾に預ける。我々に残された時間はあと7日だ。それまでにルルイエへと到着せねばならない。
現在曳航している航行不能な艦は全てこの海域に置いていく。こちらの処理はフィリピンにでもやってもらおう。
ともかく我々の最優先事項は速やかに南太平洋へと向かうことだ。」
いきなりやってきた正体不明の男に高圧的に仕切られ、軍人連中がおもしろくなさそうに唸る。
カール・ギルマン大尉が立ち上がり、不快感を隠そうともせずにブレインを睨み付ける。
艦隊司令と艦長に一瞬目配せをして、口を開いた。
「ミスター・ブレイン。我々にはその委任状の真偽について確認する必要があります。
本国及び太平洋艦隊司令部に連絡させてもらいましょう。
その上でいくつかの質問があります。まず、貴方と、EODなる組織とは何者なのか?
そしてあのもう一体のギョジンガーZは何なのか?なぜ伊吹研究員の御息女がパイロットをしているのか?
これらの疑問が解決されることなしに、貴方の指示に黙って従うことはできません。」
合衆国大統領と国連事務総長の委任状を持った男に対するあまりにも無礼な物言いに、艦隊司令と艦長は血の気の引く思いだったが、
それはこの場にいるほぼ全員が思っていたことの代弁でもあったので、誰もギルマン大尉を制止せずに事の成り行きを見守っていた。
「彼については儂の口から説明しよう。」
それまで腕を組んでムッツリと黙り込んでいた摩州光藏が立ち上がった。
「ホーバス・ブレイン師は儂の師匠にあたる方だ。かねてよりこのような事態が訪れる事を予測し、ギョジンガーの開発に打ち込んでこられた。
ギョジンガーの開発にある程度の目途がついた段階でブレイン師はアメリカで、儂は日本で、それぞれ別々に研究を続けていたのだ。
これは敵の目を欺き、リスクを分散させるために必要な処置じゃった。結果的に儂らの方は敵に嗅ぎ付けられてしまったが、
ブレイン師の組織E∴O∴D∴は敵に見つかることなく開発を進め、ギョジンガーZの実戦稼働データが取れたこともあり、
より完成度の高い機体、グレート・ギョジンガーを完成させるに至った。こんなところで良いですかな、ブレイン師よ。」
ブレインは満足そうに頷いた。
「今ご紹介に預かった通りだ。私は君たちの同志だよ。摩州君が摩州考古学研究所を隠れ蓑にギョジンガーの研究をしていたように、
私は魔術結社E∴O∴D∴を隠れ蓑に研究を続ける傍ら、合衆国政府や国連にも働きかけて今日の事態に備えていたのだ。
諸君らも先程見てもらった通り、グレートギョジンガーはなかなかの仕上がりになった。
しかし、適切なパイロットを調達することが出来ずにいたのだが、先日矢吹絵里君という逸材にめぐり逢い、こうして戦列に加われる事となった。
彼女については紹介は不要だろう。摩州海洋考古学研究所の主任研究員である矢吹君の息女で、
ギョジンガーZのパイロットである摩州剛太君の友人だ。」
矢吹研究員の娘と紹介された時、絵里の顔が一瞬曇ったが、それに気付いた人間はいなかった。
ギルマン大尉が口を挟む。
「そこが分からねえ。なぜ、ギョジンガーは特定の人間しか乗れない?
なぜ、それがそこにいるガキどもなんだ?本来ならこれは大人の仕事だ。子供の出る幕じゃねえ。
あんたさっき、パイロット適正のある人間が見つからなくて困ってたみたいな事言ってたなぁ。
何故だ?何故他の誰でもなく、あの二人なんだ?」
先程のような表面上だけでも丁寧な口調は消え去り、ギルマン大尉の口調は恫喝的な粗暴さを醸し出していた。
それにもブレインは怯まずにギルマン大尉の瞳を見返す。しばらく沈黙が続いた後、ブレインが折れた。
「よかろう。説明しよう。しかし、事は高度に機密を要する。艦長、人払いを願いたい。」
急に自分に振られた艦長が慌てて指示を出し、会議室の内部にいた兵と下士官を退室させる。
重要関係者以外のみとなった室内を見回し、ブレインは咳払いをした。
「これから私が話す事は全て他言無用に願おう。今から一連の事件の本質に関わる話をする。
これを聞いた者はもはやこの戦いから抜ける事は出来ないし、この話を一生背負って墓場の中まで持って行ってもらおう。
それなりに長い話になる。艦長、副長に連絡して進路をハワイに向けたまえ。我々には無駄に浪費できる時間はない。」
艦内電話で艦長がブリッジと話し終わるのを待って、ホーバス・ブレインは語り出した。
「世界中を狂気と流血に染め上げた第二次世界大戦が終結し、世界が新たな秩序の構築のために慌ただしく揺れ動いていた頃、
当時シンガポールにあった有名なバーにて、アジア太平洋地域の海洋民族について調べていた考古学者だった私、ホーバス・ブレインはある男たちに出会った。
バーで知人と会い、その知人が立ち去って私が一人で飲んでいると、五人組の紳士に話しかけられた。
紳士達は穏やかで友好的な態度で話しかけてきた。サングラスをかけた老人がリーダー格で、二十代と思われる若い四人が付き従っていた。
私はすぐに老学者とその助手や学生の集団と察した。案の定、老人はミスカトニック大学で教鞭を執るラバン・シュリュズベリィ教授と名乗り、
背後に控えた若者達を助手として紹介した。それぞれアンドリュー・フェラン、エイベル・キーン、クレイボーン・ボイド、ネイランド・コラムと名乗った。
照明を控えめにしたバーの店内でもシュリュズベリィ教授はサングラスを外そうとはしなかった。
彼らは私と同じテーブルに腰を据えると、太平洋の各地に残る古代宗教の遺物について語り出した。
そして彼らはこれら太平洋の海洋民族に伝わる伝説や神話に関する議論を私に持ち出した。
私はこの分野ではそれなりに碩学な立場であると自負していたが、シュリュズベリィ教授達の知識も相当なものだった。
議題はこれら太平洋に散らばる各民族の伝説には共通したルーツがあるのではないかという話になり、
シュリュズベリィ教授達はそのルーツとなった場所の特定を目的としているようだった。
彼らは数日後には南太平洋の海へと漕ぎ出す旅に出ると言い、その前にその分野の専門家である私の意見を聞きに来たということだった。
興味を覚えた私はこれに同行を申し出て、二日後には私たちはシンガポールを出発してポナペへと向かった。
ポナペ周辺の海域を虱潰しに調査していく傍ら、シュリュズベリィ教授は私に語った。
かつて地球がまだ若い惑星であり、ほ乳類の祖先が恐竜たちの足下を這い回っていた頃、強大な地球外生命体が地球に訪れた。
地球外生命体はいくらかの眷属を従えて地球へとやって来たが、この地球でも新たな眷属達を生み出していった。
同時期に地球を訪れていた他の地球外生命体、南極を支配した樽状の半植物的生物やオーストラリア大陸に降り立った円錐状生物や空飛ぶポリプ状生物達との抗争を経て、
その生物は太平洋を根城に定めた。
その地球外生命体は我々人類が知る生物の定義からはかけ離れた存在であり、
その身体は巨大であり、その力は強壮であり、死ぬこともなかった。
だが、どういうわけかその生き物は現在ではその居城である太平洋の底に沈んだ海底都市にて仮死状態に陥っているようだ。
時代が下って人類が生まれ、その生活圏が太平洋に及んだとき、この生物がまだ活動していたのか、既に仮死状態に陥っていたのかは判然とはしないが、
原始人たちはその生物をツゥーリューとかクスルゥと呼んで神として崇めた。
その信仰の残滓が太平洋上に数多く残された古代の遺跡や遺物なのだという。
教授は数多いこの存在の名を呼ぶのにクトゥルーという言葉を使った。
教授に言わせればこの名は元々は人間の声帯で発音する事を前提とした音ではなく、恐らく正確な発音は人間には出来ないのだろうということだった。
こうしたクトゥルー信仰は表向きにはほとんど衰退してしまったが、アジア太平洋地域を中心に世界中の民族の伝説や風習にその名残がみられ、
またいくらかはクトゥルーの復活を望んで活動する崇拝者の集団が存在するようであった。
最初は眉唾と思っていた私も、しだいにシュリュズベリィ教授の説が正しいのではないかと思い始めた。
シュリュズベリィ教授達の目的は、クトゥルーの復活を阻止することだった。
もしもクトゥルーのごとき強大な存在が目を覚ませば、我々人類など瞬く間に滅ぼされてしまうだろう。
それを望んでクトゥルー復活の為に活動する崇拝者や、クトゥルーの眷属達と教授は長年戦い続けてきたのであった。
私はそれに同調し、人類を守るための聖戦に参加することを誓った。
半年ほど調査を続け、ついに一行はクトゥルーの眠る海底都市ルルイエの場所の特定に至った。
そこで教授がとった行動は私の想像を超えていた。
なんと合衆国政府に働きかけ、水中核実験の名目でルルイエに核兵器を投下させたのだ。
それでもクトゥルーを殺害に至ったとは確信できないシュリュズベリィ教授は、次の一手を打つこと決めた。
クトゥルーと同格の力を持つ存在を呼び込み、クトゥルーを滅ぼさせると言ったのだ。
私には正気の沙汰とは思えなかった。
その片方だけでも人類文明を灰燼に帰すことができる存在を、もう一つ地球へ呼び込もうなどとは。
私は政府に働きかけ、シュリュズベリィ教授達への支援をやめるよう働きかけた。
教授の企みを知った政府は恐れおののいて即座に教授達を拘束したが、ある夜彼らは厳重に隔離された刑務所から忽然と姿を消した。
おそらくシュリュズベリィ教授たちはクトゥルーに匹敵する超生命体、ハスターを迎えるために旅立ったのだろうと考えた私は、
それを阻止できるだけの力を求めて東奔西走した。
そんなある日、南太平洋の孤島の砂浜に正体不明の人型巨大生物の遺骸が打ち上げられたとの情報を得て私は現地へと飛んだ。
砂浜に打ち上げられたそれは猛烈な異臭を放ってはいたが、欠損部はなく、あまり腐敗も進んでいなかった。
全長約18メートルの巨大生物は概ね人間に似た外観をしていたが、首にはエラのような器官があり、
手には大きく鋭いカギ爪があり、手足の指の間には水掻きがあった。
調査の結果、驚くべき事にこの生物はまだ辛うじて生きていることが判った。
微弱ながらもその心臓は動いており、時折エラ状組織が開いたり閉じたりしていた。
私はこの巨大生物を本国へと輸送するよう手配したが、同時に別の知らせを受け取った。
同様の巨大生物が別の島の海岸にも打ち上げられたのが見つかったというのだ。
私はすぐさまそちらへと向かった。最初の島から300キロほど離れた火山性の島に、ほぼ同様の物体が打ち上げられていた。
これも本国へ輸送する手配をし、こうして私のもとには二体の半死半生状態の巨人が揃った。
先に見つかった方の個体は股間に男性器らしき器官があり、おそらく雄体、後で見つかったほうの個体が雌体と思われた。
体表からは大量の放射線が検出され、おそらくはポナペ沖での核攻撃に晒されたものと推測された。
おそらくはルルイエを守るために身体を張って熱線と放射能の直撃を受け止めたのだろう。
もはや疑うまでもなかった。これはクトゥルー配下の小神、ダゴンとハイドラであろう。
紀元前からペリシテ人などによって崇拝された豊穣と海の神が、私の前に横たわっているのだ。
私は彼らの力でもってシュリュズベリィ教授への抑止力とできないかと考えた。
ダゴンとハイドラを仮死状態のままで安定させ、その動きを人為的に制御することによって、神の力を人間によって振るえるようにするのだ。
そして、おぞましい実験の日々が始まった。
巨人の脳を切開し、電極を埋め込んで擬似神経パルスを流し、腹を切り裂いて制御装置を詰め込んだ。
表面を鋼鉄で装甲化し、兵器として造り上げていった。
一カ所で研究を続けて教授達に嗅ぎ付けられるリスクを避けるため、比較的早い段階で安定化に成功したダゴンは日本へと運び、
当時私の右腕として活躍していた摩州光藏に預けた。
私は魔術結社E∴O∴D∴、摩州君は摩州海洋考古学研究所を隠れ蓑として研究は続けられ、
摩州君の方が先にギョジンガーZの完成にこぎ着けた。
しかし、根本的な問題が残されていた。パイロットが確保できなかったのだ。
普通の人間ではギョジンガー側から拒絶反応が起きて、良くて起動不能。
悪くすれば被験者の発狂を招く事態となった。
私自身もそうなのだが、クトゥルー眷属である深き者の血を引く混血児という人々がいる。
ダゴンとハイドラの子孫ともいえるこれらの人々をも試してみたが、結果は思わしくなかった。
これについては科学的な分析も意味をなさず、もっぱら魔術、呪術的なアプローチに頼らざるをえなかった。
ダゴンやハイドラと交信することのできるダゴンの指輪、ハイドラの指輪と言われる呪具があれば、
ギョジンガーを起動し、制御することができるのではないかと思えたが、
その呪具は古文書や魔導書には頻繁に名が挙がるものの、現在どこにあるのかは全く手がかりもなかった。
そうしている間にも確実にシュリュズベリィ教授達の攻撃は続いていた。
南米では麻薬組織による抗争に見せかけて数十人のクトゥルー崇拝者が殺害されたし、
東南アジアではタイとカンボジアの小競り合いのドサクサにクトゥルー崇拝を行っていた寺院が破壊された。
日本でも本義陀権教という宗教団体が攻撃を受けて壊滅している。
そして先日、ついに彼らは隠すこともなく大っぴらに摩州海洋考古学研究所に攻撃を加えてきた。
幸いにして攻撃を受けている最中にダゴンの指輪が発見され、パイロットの問題は解消された。
この時、摩州剛太君に指輪を渡したという古書店主については調査を続けているが、未だに何もわかっていない。
しかし、私としては先日E∴O∴D∴の本部に現れて、気を失った矢吹絵里君を置いていった人物と何かしらの関係があるのではないかと思っている。
この人物に対応した受付の人間によれば、「ハイドラの巫女を連れてきた。」とだけ告げて失神している彼女を受付係に渡し、
係が対応に右往左往している間に姿を消してしまったらしい。
何か作為的なものを感じるが、現状我々には他に手はない。
我々を支援するかのような謎の勢力が存在することは頭の片隅に留めておくべきだろう。
これまでの経緯は以上だ。
何か質問はあるかね?」
ブレインが会議室の一同を見渡す。
皆、言いたいことも聞きたいことも色々あるが、どこから口にすべきか迷っているようだった。
摩州光藏だけが腕を組んでムッツリと黙っている。
ブレインは質問無しと判断したのか、続けて語り出した。
「ここからは今後の我々の行動に関する話だ。
報道管制がひかれていて一般には報道されていないのだが、現在、牡牛座の方角から隕石が地球に接近中だ。
三日前に発見されたのだが、通常では考えられない速度で地球へ接近してきている。
しかしながら段階的に減速を続けており、明らかに人為的な動きをしている。
どこまで減速するのか不明なので確実なことは言えないが、地球に到達するのは概ねあと7日前後と思われる。
明らかにただの隕石などではないし、何よりそれが来た方角が問題だ。
牡牛座のアルデバランやプレアデス星団はハスターの領地だと言われている。
おそらくはそれこそがシュリュズベリィ教授の呼び込んだ、クトゥルーに匹敵する旧支配者ハスターだろう。
ハスターが今後どのような行動をするかは不明だが、高い確率で直接ルルイエを襲撃すると思われる。
今まで君たちが戦ってきた相手はそれに邪魔が入らないよう派遣された先遣隊だろう。
しかし君たちは犠牲を払いながらも先遣隊をことごとく返り討ちにすることができたし、
二体のギョジンガーは共に健在だ。
これより艦隊はルルイエへと向かい、ハスターを迎撃する。
ハスターがクトゥルーを倒すだけで満足して帰ってくれる保証はないし、
仮にクトゥルーを倒す為だけの攻撃だとしても、勢い余って地球ごと撃ち抜くような真似をするかも知れない。
おそらくハスターにはそれは可能であろうし、我々人類の存在を考慮して力加減をしてくれるのは期待するだけ空しい。
何としてもハスターに何かさせることは防がなければならない。
これに失敗すれば最悪、地球滅亡もあり得る。
どうか君たちの力を貸してもらいたい。」
そう言ってブレインは語り終えると、卓上に用意されていた水を一気に飲み干した。
会議室の中の面々は完全にブレインに呑まれてしまって誰も口を開くことが出来なかった。
それぞれ考えをまとめる為にいったん会議はお開きとなり、三時間後に再び集合することになった。
艦隊はとりあえずは当初のブレインの指示どおり、航行不能な艦を置いてハワイへと進路を向けることとなった。
どのみちこの満身創痍の状態ではハワイなり横須賀なりに帰港することは避けられない。
僚艦の多くを失い、代わりに輸送艦オーベッド・マーシュを加えた艦隊は太平洋を南下していった。
カール・ビンソンの甲板に出た剛太と絵里は適当な残骸に腰を下ろした。
空母の飛行甲板は見る影もなく穴だらけになって、飛行機やら船体やらの残骸が散乱していた。
外装を失い、本来の姿を晒したギョジンガーZが甲板中央に鎮座している。
出撃の際に輸送艦夜刀神の甲板を引きちぎって出たせいで、夜刀神の方の受け入れ準備が出来ず、
ギョジンガーZの格納にはまだしばらく時間がかかりそうだった。
「さっきは、ありがとう。助かったよ。絵里が来なければ俺は死んでいた。」
剛太は俯いたまま、絵里に言った。
「うん、私も初めてで無我夢中だったけど、なんとかうまく出来てよかった。」
絵里も俯いたまま返事をした。
先程聞いたブレインの話が二人を打ちのめしていた。
今までは訳も分からずに戦ってきた剛太だったが、話が一気に人類滅亡の可能性さえある壮大なものになってしまって、ついて行けないのだ。
まして多少疑問に思うところが無いわけではなくとも巨大ロボットだと思っていたギョジンガーZの正体が、
神とも言われる巨大生物に制御蔵置を埋め込んだものだという話はあまりにもグロテスクだった。
それは絵里の方も同じようだった。
むしろ訳も分からないうちにパイロットにされてこんな太平洋の真ん中まで連れてこられた絵里の方こそ戸惑いは大きかっただろう。
「どうして、絵里があの指輪を?」
剛太が尋ねても絵里は力なく首を振るだけだった。
「わかんない。アメリカでちょっと色々あって、飛び出して迷子になって、そこで気を失ったらしくて、
次に気付いたらホーバスさんの所にいて、その時にはもう指には指輪がはまってたの。」
そしてあれよあれよという間にグレートギョジンガーのパイロットに仕立て上げられてしまったらしい。
剛太はこういう時にどう声をかければ良いのか迷ったが、あえて突き放すように言った。
「まあ、なるようになるんじゃねえの?どうせ嫌だつっても家に帰してくれるとは思えねえし、
なんか俺らがそのハスターとやらを倒さないと地球が滅亡するかもしれないとかなんとかって話だし。」
意外にもその言葉は絵里に効果があったらしく、絵里は顔を上げた。
「まあ、とりあえず難しい事は置いておいて、目の前の仕事を片付けないとね。さすがに私らがサボったせいで人類滅亡とかしたら目覚めが悪いし。」
やや自暴自棄ながらも、やる気はでてきたらしい。
「そうだな。やることやるだけだ。どうせこの指輪も外そうとしても外せないし。」
「いっそ指ごと切り落としてみる?」
絵里の物騒な提案に剛太は首を振る。さすがにそれはやりたくなかった。
どちらからともなく笑い出す。
二人ともその乾いた笑い声は無理をしているのだとお互いにわかっていたが、あえて何も言わなかった。
「そろそろ戻るか。次の集合の前にシャワーくらい浴びたいし。」
そういって立ち上がる剛太だったが、ふと視線を絵里の身体へと向ける。
身体にピッチリとフィットしたパイロットスーツが男の身体とはまったくちがう、女らしい柔らかな曲線を浮き出していた。
意外と出るとこは出てていいプロポーションをしている。
「何見てんのよ?」
絵里の目が細まり、口端がニィとつり上がる。
いたぶるに足るオモチャを見つけた顔だ。
絵里との付き合いは長いが、剛太は絵里がこの表情をした時にあまりいい思い出がない。
「そういやさっきあんた、私と一発ヤルとかヤラないとか言ってなかったけ?」
剛太は首をブンブンと横に振る。
「私の聞き間違えかなあ、それとも無線が混線でもしたのかなぁ?」
ニヤニヤと笑いながら絵里が顔を近づけてくる。
剛太は焦った。この窮地をなんとか切り抜けなければ、今後一生弱みを握られる。
きっと事あるごとに蒸し返してくるつもりだろう。
無線の混戦ということで押し通そう。
「うん、そうだよきっと混線だよ。いろいろと混乱してたから。」
「え~そうかな~。やっぱ混線かな~。」
「そうそう、きっと他の人だって。みんな長いこと海の上で女っ気のない生活してっから色々と溜まってたんだよ。」
テキトーな事を言ってみる。
「そうだよね~。軍人さんも大変だよね~。でも、あれ日本語だったよ?」
「や…夜刀神の人かH対応部隊の人達じゃないかな?」
「でも米軍と共同作戦中に無線で日本語使うかな~?」
「ほら、こう追い詰められて絶体絶命って場面でつい母国語が出ちゃったんだよ。」
「そうか~。そうだよね~。あ、ところでさ、グレートギョジンガーにはギョジンガーZだけと通話する専用のチャンネルがあるんだけど、
あの時はそのチャンネルしか入れてなかったんだよね。暗号化のプロトコイルとかが特殊なデジタル通信で混線とかあり得ないらしいよ?」
そういって剛太の肩をポンポンと叩くと「シャワー浴びてくるね。」といって歩き去って行った。
二時間半後、再度のミーティングが開かれる頃には剛太のあだ名は「ミスター・イッパツ」として空母カール・ビンソンの全スタッフに定着していた。
ミャンマーの山間地の奥深くに存在する、廃墟となって忘れ去られた石像都市アラオザル。
そこに高さ10メートル程の巨大なハチのようなマシンが数台やってきた。
それぞれの機体は大きなコンテナを抱えている。
マシン達は広場のような場所を見つけると石畳に覆われた地面へ降り立ち、コンテナを置いた。
広場に面した廃墟の中から出てきた男がそれ出迎える。
先頭の機体から降りた男が出迎えの男に声をかけた。
「エイベル!久しぶりだな!半年ぶりに教授の所に顔を出したと思ったら、
コンテナとチョウ=チョウ人の一団を押しつけられてまた地球にトンボ返りさ!過労死しちまいそうだ!アンドリューはどうした?」
「そいつは済まなかったなクレイボーン。アンドリューはツァールの修理にかかりきりさ。ところで、お連れの皆さんはなんだ?」
「エ=ポオ博士とその助手達だ。お前さん達がぶっ壊したツァールをレストアがてら大改造するそうだ。コンテナの中身はその為の資材さ。」
「そんな悠長な事してられる余裕があるのか?レイク・ハリが地球に到達するのにもうそんなに時間はないだろう。」
「だからこそだ。新進気鋭のウェンディゴ隊は太平洋上で全滅しちまって、レイク・ハリに残された機体は旧式のビヤーキーが少々だけだ。
使える物なら死に損ないのツァールだろうが何だろうが使わなきゃならんのさ。まだ確認はとれてないが、ハイドラが復活したらしいしな。」
「何だと?そいつは本当か?」
「だから未確認だと言っただろう?しかし、最悪の場合レイク・ハリはろくな護衛も無いままダゴンとハイドラと戦わなけりゃならん。
ハスターの力の前では奴らごとき小神では相手にもならんだろうが、その後に控える対クトゥルー戦のことを考えれば万全を期したいところだ。」
「その為に我々は一刻も早くツァールとロイガーを修復してダゴンとハイドラを排除しろと。」
「そういう事だ。ここまで来ればもうお互い後はない。クトゥルーが寝ている間にハスターの力で瞬殺でもしなけりゃ人類は生き残れねえよ。」
「そうだな。狂ったクトゥルフ信奉者どもは早く排除しなければ地球が滅亡するかもしれんのだから。」
話し合う二人の男の背後では、
コンテナから現れた身長1メートル程の小人のような連中が、資材や工具を手に慌ただしく石造りの廃墟に隠された地下道へと降りていった。
つづく