第六章 大海の勇者 グレート・ギョジンガー
粘ついた潮風が頬をくすぐる。
南方から迫ってくる灰色の雲から吹いてくる冷たく湿った風が、嵐の訪れが近いことを知らせる。
進行方向から吹いてくる風に逆らって、鋼鉄の船体が波を割って進んでいく。
周囲を見れば、似たような灰色の鋼鉄が、いくつも水面を併走している。
「思~えば~遠~くに来た~もんだ~」
調子外れな鼻歌に振り向くと、整備班長の細井がデッキに出てきた所だった。
ふらふらした足取りで剛太の隣に来ると、手摺りから眼下の海面に向けて身を乗り出すなり、
「おげえええええええええええええええええええ」と吐いた。
いつもは酔っ払ってるのかと思うほどの赤ら顔が、今は蝋のように白かった。
「細井さん、大丈夫ですか?」
背中をさすってやりながら剛太が尋ねる。
細井は返事もせずに、もう一度盛大に吐いた。
現在、摩州剛太を始めとしたH対応部隊の面々は鎌倉の急増基地を空き家にして、
全ての人員と多くの設備、資材をまとめてこの輸送艦「夜刀神」に居候している。
いや、居候という言い方は不正確であろうか。艦長以下の艦のスタッフは皆海上自衛隊からの出向という形だし、
艦の補給や整備も実際海上自衛隊に任せるしかないのだが、とにかくこの輸送艦夜刀神はH対応部隊に配備された艦なのだから。
この輸送艦はギョジンガーZの機動的運用を可能にする母艦ということで、既に退役して解体寸前だった海自のあずみ型輸送艦「ねむろ」を改修し、
ギョジンガーZの整備運用に必要な機材を積み込んで急造されたのであった。
機動的運用うんぬんと言えば聞こえが良いが、
要は東京や横浜といった都市に近い鎌倉に敵の目標であると思われるギョジンガーZを置いておくのはおもしろくないから、
お前らは太平洋のど真ん中でもどこでも行って勝手にドンパチしてろということなのだろう。
しかし、タイミングとしてはまさにドンピシャだった。
先日の戦闘で深手を負わせたものの取り逃がした敵が、ミャンマー領内に潜伏していることが判ったのだ。
早速攻撃命令が下され、慌ただしく艦へと引っ越したH対応部隊の面々は太平洋上を南下しているのであった。
手摺りにもたれてぐったりした細井の背中をさすりながら、剛太は夜刀神に併走する巨大な船体を見る。
全長333メートルの巨体に原子炉2機、約5700人の人員を乗せた排水量10万トンの怪物。ニミッツ級原子力空母3番艦「カール・ビンソン」。
聞いたところでは映画「トップ・ガン」の撮影にも参加し、近年ではアフガンやイラク関連の作戦にも参加。
かのオサマ・ビン・ラディンの水葬が行われたのもこの艦の上だったという。
もしもこの巨艦に積まれた原子炉に被弾でもしたら、どうなるんだろうか。
剛太はなんとなく不気味な気分で隣を併走する人類最強の殺戮兵器の一つを眺めた。
このカール・ビンソンを旗艦としてイージス艦や巡洋艦、駆逐艦など海上自衛隊と米海軍太平洋艦隊の混成で総勢15隻の艦隊がこの作戦に参加している。
ミャンマーでは段階的に民主化が進められていたものの、半年ほど前、選挙の不正を糾弾するデモ隊に軍が発砲したことが切っ掛けで各地で暴動が発生。
完全な民主化を求める反政府軍と既得権益にしがみつこうとする軍部の間に激しい内戦が発生していた。
表向きはこの内戦への武力介入という形であり、実際に反政府軍を支援する為の小規模な作戦がいくつか用意されていたが、
実際にはミャンマー内陸の山間部の奥地、スン高原にあるというアラオザルと呼ばれる土地を襲撃することが目的だった。
先日の戦闘で敗走した二機の敵がこの辺りに潜伏しているのは米軍やCIAの調査によって明らかだったが、
目的のスン高原は呪われた土地だといって現地人も近寄らない場所なので現地の詳細は不明。
艦隊によるミサイル攻撃の後、カール・ビンソン搭載機による空襲、最後にギョジンガーZが突入して手負いの敵にとどめを刺す段取りだ。
この作戦の性質上、ギョジンガーZには空中移動能力が求められる。
ギョジンガーの巨体を運べる輸送機は存在しないし、沿岸部から内陸まで数百キロの距離をえっちらおっちら自走するわけにもいかない。
そこで、かねてから必要性が言われてきた空中機動ユニット「イカロス」がギョジンガーの背面に取り付けられた。
これは折りたたみ可能な不格好な翼のような形状をしていて、それ自体の羽ばたきと、
翼の表面から発せられるナントカ波(剛太の物理知識ではまったく理解できなかった)の働きによってギョジンガーZに空中機動能力を付与するものだった。
ただし、まだ開発途上の代物でその名に恥じぬ蝋で固めた鳥の羽だった。
なんとか宙に浮かんで進む事はできるが、その飛行は不安定で、とても空中機動などと呼べるものではなかった。
現状では移動にしか使えないだろう。空戦など論外だ。
移動だけに用途を限定したところで、高度はともかくその速度の遅さは問題だった。
護衛の戦闘機が随伴できないのだ。ギョジンガーの速度に合わせようとすれば戦闘機は失速してしまう。
なんとも半端な性能で運用しにくいことこの上なかった。
猛烈な船酔いと闘いながらも不眠不休でイカロスの調整にあたっていた細井も、さすがに限界のようだ。
手摺りにもたれかかりながら顔面蒼白で何事かブツブツ言い続ける細井は、正直かなりキモかったが、
剛太は細井に肩を貸すと、船室へと向かった。細井はしばらく寝かせておくべきだろう。
細井を船室のベッドに寝かせ、枕元にバケツを置いて廊下へ出ると、針金のような長身を白衣に包んだ男にぶつかりそうになった。
「おっと失礼。」
白衣の男はすっと身を引く。
「あ、すんません。」
反射的にあやまってから、剛太は白衣の男を見る。三十半ばぐらいの年齢に思われるのに、髪は真っ白だった。どことなく不気味な印象を与える。
「細井君の様子はどうだね?」
男が尋ねる。この男の名はハーバート・西田。アメリカ人と日本人のクォーターでH対応部隊の軍医だ。
白人の血が入っているとはいえ、肌の白さが病的で、「医者の不養生」という言葉を思い起こさせる。
「さっきまで甲板でゲーゲーやってましたが、少し落ち着いたようなんで寝かしておきましたよ。」
剛太が答えると西田医師は満足そうに口元を歪めた。
「そうですか。酔い止めの薬をまた出しておきましょう。船酔いくらいで死ぬことは無いとは言え、整備班長が体調不良ではギョジンガーのコンディションは最悪。
パイロットの君としても整備不良が原因なんかで死にたくはないでしょう?
まあ、大丈夫。たとえ死んでも屍体さえ綺麗ならば私の画期的医術によって生き返らせてみせますよ、はっはっは…」
カンに触る高笑いを上げながら医師は細井の船室へと入っていった。
自分も自室で休もうと剛太が踵を返した途端、館内に警報が鳴り響く。
「敵襲!敵襲!総員戦闘配置!ギョジンガー発進準備!」
剛太は狭い廊下を格納庫へと走った。
アフメド率いる最新鋭機ウェンディゴ、総勢51機。アフメド本人が乗るのはその試作機となったイタクァである。
その大部隊は大気摩擦に燃えさかる成層圏を難なく突破すると太平洋上に出た。
機体は急減速をかけているのだが、体感速度はむしろ上がっている。
比較対象のない宇宙空間と違い、地表近くでは島や船影が物凄い速度で後方へ流れていく。
「点呼。全機無事に大気圏突入に成功したか?」
アフメドは部下達に呼びかける。
まだ若いとはいえ、全員が邪神の脅威から母なる地球を守るために命を投げ出すことも厭わない精鋭達である。
まもなく全機の無事が確認された。目指すはミャンマーへと向かう日米混成艦隊。
圧倒的物量でこれを粉砕し、ギョジンガーZを海の藻屑とする。
アフメドが駆るイタクァを先頭に、50機のウェンディゴは高空を疾走した。
前方に機影を発見。レーダーに映った大軍に驚いてスクランブルしたのだろう。恐らくはF/A-18C。
「そんな古い機体でウェンディゴと渡り合えると思っているのか?笑止!」
アフメドは素早く部下に指示を飛ばす。
「1中隊は目の前の戦闘機の相手をしろ。2中隊は後続の戦闘機を足止め。3、4中隊は俺に続け。艦隊を攻撃する。」
統率のとれた動きで部隊が散開する。敵機の放ったミサイルを回避しながら直進。
すれ違いざまに敵機の腹に爪を突き立てる。
胴体を切り裂かれたF/A-18Cは海面に向けてきりもみしながら墜ちていった。
空母カール・ビンソンはその蒸気カタパルトをフル稼働させて次々と艦載機を空へと送り出していく。
周囲を固める巡洋艦や駆逐艦からも対空ミサイルが発射されていく。
それらをものともせずに突っ込んでくる敵の大軍。見たことのない機体だった。敵の新型だ。
全長は20メートルほどだろうか。ほぼギョジンガーZと同じサイズでありながら、敵は空中を自由自在に機動する。
人型の巨体が猛スピードで空中を縦横無尽に駆け巡り戦闘機を翻弄する。
全身白く塗られた巨体のその頭部、二つの目が爛々と紅く光っていた。
敵機が米軍のF/A-18Cの背後をとる。紅く光る目から一条の光線が走り、戦闘機の機体を貫通する。
エンジンを直撃された戦闘機は爆発四散し、破片を海へと撒き散らす。
急降下した敵機が駆逐艦へと迫る。
艦首の速射砲が127ミリ弾を撃ち出し、ガトリング砲が毎分4500発の速度で20ミリ徹甲弾を吐き出す。
それを神懸かった反射速度で紙一重で回避しつつ、白い巨人が艦に取り付く。
巨人は握り拳を艦橋に叩き付け、続いて次々とレーダーや速射砲を蹴りつけて艦の戦闘力を奪っていった。
「まだ発進準備はできないの?」
ギョジンガーZのコックピットで剛太は焦っていた。
無線からは次々と味方の損害報告が入ってくる。
現在ギョジンガーは輸送艦の船倉部をブチ抜いて造られたデッキに仰向けに寝かされた状態で固定されていた。
しかし、デッキ上部を塞ぐハッチの開閉装置に不具合が発生したらしく、ハッチが開かないのだ。
ハッチは少しの隙間を開いた状態で止まってしまい、外の喧噪と硝煙の匂いを乗せた風が吹き込んでくるだけだ。
ハッチを開き、ベッドを垂直に起こさなければギョジンガーは直立出来ない。
スタッフ達の慌ただしいやり取りが無線から聞こえてくるが、自体は改善の兆しを見せない。
「作業中止!」
祖父、摩州光藏の声が響く。
「ギョジンガーZの全拘束具を解除!剛太、自力でハッチをコジ開けて外へ出ろ!」
「作業員は退避急げ!」
ギョジンガーZを整備ベッドに固定していた拘束具が解除されていく。
「退避完了!」
「ようし、やれい、剛太!」
仰向けのギョジンガーZがハッチの隙間に手をかけ、力ずくで押し広げる。
金属が軋むイヤな音が響き、ギシギシとハッチが開いていった。
母の下腹部を内側から突き破って赤子が這い出るかのように、あるいは自ら棺桶を引きちぎって不死者が蘇るかのように、
禍々しき巨人が輸送艦の上甲板を押し開けて硝煙に煙る戦場に姿を現した。
その背に折りたたまれた蝙蝠のごとき翼を広げ、一息に空へと飛び立つ。
その両肩には40ミリガトリング砲を各一門。右手には「く」の字に折れ曲がった巨大なダンビラを握っている。
輸送艦の右後方にいた巡洋艦に取り付いていた白い敵機に背後から接近し、その頭部を左手で掴んで海中に引きずり倒す。
突然海中に引きずり込まれてパニックになった白い巨体が溺れた人間のようにジタバタと手足を振り回すが、
ギョジンガー^Zは暴れる相手を軽くいなして右手に持った巨大なククリを敵機の胸部に突き立てる。
ぐったりと力の抜けた敵機から刃を抜き取ると、白い巨体は傷口から血のようにドス黒い液体を撒き散らしながら海底へと沈んでいった。
「まず一機!」
ギョジンガーZのコックピットで剛太は冷静に戦果を確認すると、再び海面へ向けて上昇した。
タイミングを測って海面から飛び出し、翼を振るって急上昇。
艦隊を攻撃しようと低空を飛行していた敵機の足首を捕まえると、一気に下降して再び海中に引きずり込む。
水中戦を想定していないらしい敵はすぐさまパニックに陥る。
その隙を逃さず落ち着いて冷静に刃を突き立てる。
「ふたつ!」
刃を引き抜くと先程と同様に敵機はドス黒い液体を撒き散らしながら海底へと沈んでいく。
飛行ユニットが本調子でない以上、大空を自由自在に飛び回る敵と空中戦を演じるのは自殺行為だった。
こうして一機づつ海中に引きずり込んで始末していくのが、現状で可能な唯一効果的な戦法だ。
再び海面から飛び出し、両肩の40ミリガトリング砲を乱射する。
射線を回避しようとしてバランスを崩した敵機にすかさず接近して海中に引きずり込む。
「みっつ!」
再び海面へ飛び出そうとしたとき、白い巨体が水中に飛び込んできた。
片腕を失っている。恐らくは被弾して墜落したのであろう。
不器用に水中でもがいている敵機に難なく近づきダンビラを水平に薙ぐ。
腹部で上下に分断された敵機は夥しい量の液体を撒き散らしながら沈んでいく。
切断面からは帯状の物が長く伸びて水中に揺らめいていた。
「よっつ!」
汚く濁った海水を掻き分けて急上昇し、水面を飛び出す。
狙ったように紅い光線がいくつも機体を掠めて背後に水柱と水蒸気を立てる。
「チッ!」
剛太は舌打ちした。敵も馬鹿ではない。こちらのやりようを見て待ち伏せしていたらしい。
捕まれるのを警戒して、距離を取って光線を撃ってくる。無理矢理な機動で回避運動をするが、
ここらがイカロスの羽の限界のようだ。次々と打ち込まれる光線を回避しきれない。
胸部に直撃を食らい、後方へ吹き飛ばされる。
間の悪いことに後方には空母カール・ビンソンがあった。
尻餅をつくような形で空母の飛行甲板に墜落する。巨人の質量と落下エネルギーを受けた飛行甲板が大きくへこみ、さしもの巨艦も衝撃で大きく傾く。
甲板上に置かれていた航空機が重力に従って甲板上を滑る。
巨大なコンテナがギョジンガーの脚に当たって止まる。
甲板上に居た作業員を巻き込みながら一機が数億円はする早期警戒機や対潜ヘリが水柱を上げて海中に没していく。
尻餅をついた姿勢のまま、剛太は両肩のガトリング砲を発射する。
空母に設置された20ミリガトリング砲も火を噴き、追撃しようとした敵機を牽制する。
スモークディスチャージャーから発煙弾が発射されて敵機との間に煙幕を形成する。
この僅かな隙に態勢を立て直さなければならない。
カール・ビンソンの飛行甲板はもはや使用不能だろう。
もっとも、ここから飛び立っていった戦闘機のうち、いったい何機が帰還できるのかは判らないが。
ギョジンガーの脚に当たって止まった巨大コンテナを見る。これが失われなかったのは暁光だ。
それは夜刀神に積載しきれずにやむなくカール・ビンソンの甲板の端に置かれていたギョジンガーの武装だった。
コンテナの上部を引きちぎって中身を取り出す。
それは概ね、いわゆる対物ライフルをギョジンガーのサイズに拡大したような外観をしていた。
しかし、銃身部分には太いサーマルジャケットのような物が被せられ、機関部にあたる部分からはズ太いケーブルが伸びている。
剛太はケーブルをギョジンガーの腰の後ろにあるハードポイントに接続すると、ギョジンガーに片膝をつかせて長大なライフルを構えた。
いや、それはライフルではない。サブモニターに表示された火器管制システムが自動的に装備を認識し、ドライバを呼び出す。
電磁誘導によって90ミリ口径のタングステン徹甲弾をマッハ9.5で撃ち出すレールガン。コードネームは「グングニル」。
ギョジンガーZの有り余るパワーゲインがあって初めて実用化に至った神の槍である。
銃身に被せられているのは大規模な冷却装置だ。装弾数は18発。それ以上は銃身が持たない。
煙幕が晴れるのを待たず、背後から紅い光線が放たれる。空中を自在に飛び回る敵に回り込まれたようだ。
光線はギョジンガーZを掠めて空母の艦橋を吹き飛ばす。
まだ問題ない。どうせ戦闘ブリッジもCICもそんな被弾しやすい所にはない。航空管制にしても飛行甲板がこの有様ではほとんど意味がない。
異常に冷え切った頭で考えながら背後に銃口を向ける。
艦隊のイージスシステムとリンクしたFCS(火器管制システム)は容易に空中を高速機動する敵機を捕捉する。
トリガーを引くと同時に音速の9.5倍の速度で戦神の槍が敵を貫く。
胴体中央に直撃を受けた敵は五体バラバラに粉砕されて空に深紅の華を咲かせた。
イタクァのコックピットでアフメドは焦りを感じていた。うっとうしい艦載戦闘機をあらかたたたき落とし、艦隊の約半数を航行不能に追い込んだというのに、
味方の損害が拡大している。空母の甲板上に居座ったギョジンガーZが長大なレールガンで味方を次々と粉砕しているのだ。
レールガンの初速とイージスシステムの火器管制が合わされば高速飛翔体の撃墜など朝飯前なのだろう。
一機、また一機と風に乗って空を駆ける白い巨人は深紅の華と変じていく。
「全機、回避に専念しろ!あんなもの、そうそう撃ち続けられないはずだ!」
そう指示するも、ギョジンガーZのレールガンにばかり気を取られた味方が、
生き残った戦闘機や艦対空ミサイルの攻撃を受けて海面へと墜ちていく。
最初51機いた味方は既に28機まで数を減らしていた。
大損害だ。撤退すべきかとも思うが、敵にしてもその戦力の大半を失っているのだ。
あと少し耐えてレールガンの弾切れを待てば勝機が見える。
レールガンさえなければまともに空中機動もできないギョジンガーと半壊滅状態の艦隊などものの数ではない。
ようやく普段の冷静さが戻ってくる。
回避に専念して、あともう少しだけ待てば、再び天秤は我が方に傾くのだ。
空中を飛び回る白い巨人を次々と撃墜しながらも、剛太は焦りだした。
残弾はあと3発。しかし、敵機はまだ30機近くも残っている。
FCSが警告音を鳴らす。想定外の連射によって銃身の冷却が追いついていない。銃身温度が危険域を超えていた。
空母の甲板から身を乗り出すと、銃身を海中に着ける。
ジュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
もうもうと水蒸気が上がり、白煙が空母を包み込む。敵が目暗滅法に撃った光線が白煙を突き抜けて空母の甲板に突き刺さる。
燃料庫にでも引火したのか、爆発音と共に甲板の一部が吹き飛び、黒煙と炎が上がる。
しかし、銃身の冷却は完了した。白煙と黒煙がもうもうと煙って視界を塗りつぶすが、
イージスシステムと連動したFCSは先程光線を放った敵機を確実に捕捉している。
発射。白煙の向こうで敵機が爆散したのを感じる。
振り向きざまに一発。回避運動も空しく直撃を食らった敵機が砕け散る。
さらに最後の一発。生き残りのF/A-18Cの背後を取ろうとしていた敵の上半身が消し飛ぶ。
再びFCSからの警告音。残弾ゼロ。
レールガンを甲板上に置き、再び巨大なククリを手にする。後は再び水中に敵を引きずり込むしかない。
しかし、その猶予は与えられなかった。レールガンを手放したと見るや、残りの敵機が一斉に襲いかかってきた。
次々と打ち込まれる紅い光線がギョジンガーの装甲をえぐっていく。
両肩のガトリングを打ち返すが、数秒の連射で弾切れを起こしてしまった。
このままでは自分もろとも空母が沈められてしまうと判断して海に飛び込もうとしたが、右膝に直撃をくらい、膝から下がちぎれ飛ぶ。
バランスを失って甲板上に前のめりに倒れる。
今度は左肩に直撃をもらって左腕が吹き飛ぶ。
なんとか立ち上がろうと右手のダンビラを甲板に突き立てて起き上がろうとするが、今度は右手首が吹き飛ばされ、再び倒れる。
コックピットの中で、剛太は妙に冷めた気分で自らの死を受け入れていた。
「なんだよ、こんな所で終わりかよ。まだ、女の子とキスすらしたことないのに。
つうか、童貞のまま死ぬのは嫌だなははは…」
絶え間ない衝撃がコックピットを揺さぶり、モニターも次々と消えていく。
生き残ったモニターも真っ赤な警告表示で埋め尽くされている。
「ああ、こんな事なら…」
胡乱な頭で想いを口にする。
「絵里でも言いくるめて一発ヤラせてもらえばよかった…」
その時、なんとか生きていた通信機から馴染みのある声が聞こえた。
「誰がアンタなんかに気安くヤラれるもんですかバーカ!」
幻聴が聞こえる。いよいよお迎えが来たらしい。
絵里は母親とともにアメリカに避難したハズだ。こんな所にいるわけがない。
「ギョジンビィィィィィィィィィィッム!!」
絵里の裂帛の叫び声と共に、かろうじて残っていた外部モニタがホワイトアウトする。
次々と発生する爆発音。ギョジンガーZの機体からではない。外からの音だ。
ホワイトアウトした画面が戻った時、こちらに攻撃を加えていた敵機の姿はかき消えていた。
続いて視界内に飛び込んでくる機影。
蝙蝠のような翼を背中に広げた人型のシルエット。
「ギョジンガーZがもう一機…?」
通信機から絵里の声が聞こえてくる。
「違うわ!これこそがアメリカで開発されていた機体にギョジンガーZの稼働データを元に改良を加えて完成された、
より完成されたギョジンガー!その名もグレートギョジンガーよ!」
翼をはためかせたグレートギョジンガーが、初撃で撃ち漏らした敵機を追って空中を縦横無尽に駆け巡り、手にした大剣で次々と白い巨人を切り伏せていく。
よく判らないが、ギョジンガーZの同型機が援軍に現れ、それに乗っているのは幼なじみの矢吹絵里らしい。
「立ちなさいよ剛太!その程度でくたばるようなヘナチョコに身体を許すほど私は安くないわよ!」
脳天に氷柱を突き刺されたように胡乱だった思考が急激にクリアになる。
死を受け入れかけていた精神に鞭を入れ、消えかけていた闘争心に火が入る。
「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」
剛太の雄叫びと共に右手親指にはめた指輪が輝き出す。
四肢をもがれてカール・ビンソンの甲板上に転がっていたギョジンガーZの瞳に光が宿る。
手足のちぎれ飛んだ傷口から無数の触手が飛び出し、互いにねじれ合い、絡み合って失われた手足の形状を作り出す。
胴体部に辛うじて残っていたのボロボロの装甲板がはじけ飛び、中から現れた夥しい触手が新たな身体を形作る。
絡み合った触手が腕となり、脚となる。
失われた装甲に替わって堅牢な鱗が表面を覆っていく。
背面の装甲版と共に貧弱なイカロスの翼がもげ落ち、新たな強靱な翼が生える。
ばっくりと開いた口蓋を天に向け、強壮たる海神が人間の可聴範囲を超えた音で復活の雄叫びを上げる。
「撤退だ!全機速やかに後退しろ!」
アフメドはもはや普段の冷静さをかなぐり捨てて上擦った声で支持を出す。
想定外の自体だった。もう一機のギョジンガーが現れ、あっという間に残った部下の大半が撃墜されるなど、完全に作戦の想定を超えていた。
ましてや、もはや死に体となったギョジンガーZまで復活してくるなど、彼の理解を超えていた。
素早く機体を反転して最大加速。一気に戦域を脱出しようとする。
それに続く部下はたったの5機。当初の戦力の9割を喪失するなど、大失態だった。
しかし、黙って見送ってくれる敵ではなかった。
最後尾のウェンディゴが新型ギョジンガーの大剣に背後から袈裟斬りにされて爆散する。
次の機体には復活したギョジンガーZが迫る。
いや、もはやソレはそんな名前の巨大ロボットなどではない。ダゴンという邪神そのものだった。
ダゴンは左手のかぎ爪をふるってウェンディゴの頭部を吹き飛ばす。
返す刀で胴体を逆袈裟に切り上げる。
首を失ったウェンディゴの白い巨体がドス黒い血を撒き散らしながら海面へと墜ちていった。
残った3機も次々と血祭りに上げられていく。
アフメドはイタクァのリミッターを解除する。
猛烈なGがアフメドの身体を押し潰そうと襲いかかる。
マッハ6.5。この加速についてこれるものなどありはしないだろう。
そう思いながら振り返ったアフメドの視界に、鋭いかぎ爪がアップで迫った。
「馬鹿な、たかが魚妖の分際でこの風の上を歩むものに…」
その叫びを最後まで言い切ることもなく、かぎ爪がイタクァのコックピットを貫いた。
飛行甲板を穴だらけにされ、艦橋も吹き飛んだ空母カール・ビンソン。
もはや艦載機の離発着は不可能な有様であったが、結局発進した艦載機は全滅し、着艦できない艦載機が困る事はなかった。
その甲板上に二つの翼を生やした巨大な人型が立っている。
その外装のほとんどを失ったギョジンガーZと、ギョジンガーZに比べてやや細身で女性的なシルエットのグレートギョジンガー。
中からそれぞれのパイロットが甲板に降り立つ。
「絵里、なんでお前がここに…」
その時、甲板上の比較的平らな部分を選んで着陸したヘリから、スーツ姿の男が降り立った。
ヘリのローターが巻き起こす風に飛ばされぬように帽子を手で押さえながら、二人の元へ歩いてくる。
「それは、私から説明しよう。」
剛太は明らかに警戒した表情で男を睨み付ける。
「あんた、誰ですか。」
「私はホーヴァス・ブレイン。魔術結社E∴O∴D∴のグランドマスターだ。」
超弩級恒星間飛行宇宙空母レイク・ハリ。その最深部の玉座で老人は震えながら王に報告をしていた。
「アフメド少尉率いるウェンディゴ隊は全滅いたしました。」
自軍の大損害の報告を受けても、王の反応に大きな反応は見られなかった。
もっともその表情は青白い仮面に隠されて覗えないのだが。
「ハイドラが現れたのなら、妥当な結果であろう。しかし、所詮はクトゥルー配下の小神にすぎん。
案ずる事は無い。地球の時間であと7日程度でこのレイク・ハリ、つまりは我、名状しがたきもの、邪悪の皇太子たるハスターの本体は地球へ到達する。
クトゥルーの復活はこれに間に合わない。未だ目覚めぬクトゥルーをその寝所たるルルイエもろとも消し飛ばしてしまえば、全て終わる。
さすれば地球はクトゥルーの脅威から救われ、我はその宿敵を滅する事が出来る。
それでよいではないか、ラバン・シュリュズベリィよ。」
つづく