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第三章 永劫の探求

 超弩級恒星間飛行宇宙空母「レイク・ハリ」艦長室にノックの音が響く。

重厚な机にいくつもの書物を積み上げてノートにペンを走らせていた老人は顔を上げた。

薄暗い室内で書き物をしていたというのに、老人は濃いサングラスをしていた。

年齢は70を超えているように見えるが、肩口まで伸ばした白髪はふさふさと生い茂り、

とりわけ筋肉質というほどではないが、体つきもガッシリとしていた。

なにより身体全体から発せられるみなぎるような精気が、この男の年齢を読めなくさせていた。

「入りたまえ。」

「失礼します。アンドリュー・フェラン以下、イエロー・ジャケット隊帰還いたしました。」

入室してきたのは30代程に思える白人男性だった。

なかなかに端正な顔立ちなのだが、今その顔は苦悩と屈辱に歪んでいた。

「極東においてダゴンと交戦しました。新型のビヤーキー三機を失い、ジョナサン、リー、マルコムの三人の同志が戦死しました。」

「そうか、ご苦労だった。やはり、ダゴンはすでに蘇っていたか。他の眷属やクトゥルー自身さえ時間の問題だろうな。」

味方の損害を気にした風も無く、老人は答えた。

「はい、事態は急を要します。ダゴンはまだ本調子ではないように見受けられました。

恐らく我々の攻撃を受けてあわてて復活したのでしょう。奴が完全に覚醒する前に再度の攻撃を加えるべきでしょう。」

「まあ、焦るな、アンドリュー。クトゥルー配下の下級な存在とはいえ、腐っても邪神の端くれ。ビヤーキーでは荷が重かろう。

じきにエ=ポオがロイガーとツァールを完成させる。君とエイベルはあの忌まわしき双子を操ってダゴンに臨んでもらいたい。」

アンドリューが意外そうに首をひねる。

「あの双子の卑猥なるものがロールアウトするのですか?」

「ああ、ツァールの方の調整に手間取っているようだが、じきに完成するだろう。」

淡々とした調子で老人は語る。まるで全て最初から判っていたというような印象だ。

「わかりました。準備が整い次第再出撃いたします。」

「ああ、頼む。双子が完成すれば試運転やら機種転換訓練やらで忙しくなる。今のうちに休んでおきたまえ。」

「はい、ありがとうございます。教授。」

「おいおい、教授はやめてくれよ。軍隊式の階級制度を取り入れるべきだと具申したのは君だぞアンドリュー。

今はミスカトニック大学にも私の席など残っていない。私はラバン・シュリュズベリイ大佐だよ。」

「はい、大佐。では、失礼いたします。」

アンドリューはわざとらしく踵を打ち鳴らして敬礼すると退室していった。

再び薄暗い艦長室に一人きりになった老人は独りごちた。

「やれやれ、アンドリュー君はどうにも娑婆っけが抜けないな。まあ、それが彼の美点でもあるのだが。」



 剛太が目を覚ますと、白い天井が見えた。天井に備え付けられた蛍光灯の明かりが眩しい。

「剛太、目え覚めた?」

「絵里?」

幼なじみの顔があった。幼なじみというよりは腐れ縁と言っていい気がするのだが、今は他に優先すべきことがある。

「ここは、どこだ?」

「横須賀の自衛隊病院よ。剛太、丸二日も寝てたんだから。」

「病院か、なんでそんな所に…」

口に出そうとして、思い出した。

正体不明の敵に襲われた自分は祖父の研究所に入り込み、そこにあった巨大ロボットに乗ったのだ。

そして奴らに捕まってしまったが振りほどいて、その後は…

「おい、あの後どうなったんだ?どうして俺はここにいる?

そうだ、じいさんは?じいさんは死んだのか?」

一気にまくしたてる剛太に絵里は少し腰を引く。どこから答えようかと考えていると、病室を仕切るカーテンが開いた。

「勝手に殺すな、バカモンが。」

カーテンの後ろから現れたのは剛太の祖父、摩州光藏だった。

怪我などはしていないようだったが、目の下には濃い隈が浮き、全身から疲労感を漂わせていた。

「どうしたんだ、じいさん。死にそうな顔して。」

「だから勝手に殺すなアホウが。お前さんがぐーすか寝ている間に、こっちは不眠不休で後片付けじゃ。

相模湾に漂流しとったギョジンガーZを回収してコクピットからどっかのアホウを引きずり出して入院させ、

その後も自衛隊やら米軍やら政府の役人やらとの折衝で今の今までろくに飯も食えずにかけずり回っておったんじゃ。」

そこまで一気に文句を並べるとふぅと息をついて、先程まで絵里が座っていたパイプ椅子にどっかりと座り込んだ。

そのまま目を閉じて「あ~」とか「う~」とか「ふぃ~」とか唸り始めた。よほど堪えたらしい。

見かねた絵里が水差しからグラスに水をくんで渡すと一息に飲み干して立ち上がる。

「さて、目が覚めたのならここに用はない。退院するぞ。」

剛太は慌てる。いまいち事態はよく判らないが、いきなり退院なんてあるのだろうか。

あんな体験をしたのだから、何かしら検査とか必要なのではないだろうか。

そんな考えを見越したように祖父が言う。

「甘ったれるな。この間の戦闘で、どこの病院のベッドも満員だ。元気な若者を寝かせておけるベッドなどない。

ましてここは自衛隊病院だ。負傷した隊員は山ほど居る。」

そう言って近くを歩いていた看護婦を呼び止めると祖父はテキパキと話を通していき、

あっという間に病院のパジャマをヒン剥かれて私服に着替えさせられた。

席を外す機を逸した絵里は剛太が着替えている間、赤面してうつむいていた。

 廊下に出れば、なるほど余分なベッドなどないらしい。身体のあちこちに包帯を巻いた人やギプスをはめた人が廊下にまで溢れていた。

病院の職員達は祖父と同じように目の下に隈を浮かべて走り回っていた。

「すげえな、コレは」剛太がつぶやく。

「厚木から出撃した米軍機は全滅。横須賀の海自と米海軍も深刻な被害だ。

陸自は幸い無傷だったが、行方不明者の捜索やら瓦礫の撤去やらで忙殺されとる。

よその病院にいけば民間人のけが人の山だ。ここより酷い。」

祖父は淡々と事実を突きつけてくる。剛太の中でふつふつと怒りがわき起こってくる。

攻撃してきた連中は確かイエロージャケットとか名乗っていたか。何者なのだろうか。

「なあ、じいさん、イエロージャケトって…」

言い終わる前に祖父が厳しい顔で振り返る。

「その話は後でじっくりしてやる。人前でその名を口にするな。」

有無を言わさない調子だった。そのまま三人は無言で病院を出ると祖父の車に乗り込んだ。


車内でも三人は無言だった。

剛太には聞きたいことが山ほどあったし、絵里も沈黙に絶えかねている様子だったが、

祖父の表情からするに、とても口が開ける雰囲気ではなかった。

仕方なしに窓の外を流れる景色を眺めるが、酷い有様だった。

横須賀では米軍や自衛隊関連施設の周囲に攻撃の後が多少見られるだけだったが、

逗子、鎌倉では至る所で路面が割れたり瓦礫が道を塞いでいたりした。

とある瓦礫の山の前で祖父は車を降りた。

そこは、祖父の研究所だった所だ。自宅である木造平屋は崩れ果て、一部は焼け焦げていた。

祖父は躊躇いも無く瓦礫の山へと近づいていく。

「地上部分はグチャグチャだが、地下は無事だった。ここから入れる。」

そういって指さした部分には地下への入り口がポッカリと黒い口を開けていて、その周辺だけ瓦礫がどかされていた。

三人は地下へ下りていく。地下一階は所々亀裂が走っていたり天井が崩れかけたりしていたが、

地下二階はほぼ無傷であった。いくつかの棚が倒れていたり物が散乱していたりするが、建物自体にダメージはないようだった。

地下二階にある仮眠スペースに置かれた机の周りに散乱したガラクタを足でどけると、祖父は剛太に座るように促した。

「絵里ちゃんはちょっと席を外してくれんか。地下四階あたりにお父さんもいるだろうから、手伝ってあげてくれ。」

「はいはい。邪魔者は退散しますよ。」そういって絵里はさらに下層へと降りていった。彼女の父親は祖父の助手をしているのだ。

絵里の足音が聞こえなくなると祖父がゆっくりと口をひらいた。

 「さて、剛太よ。ワシに聞きたいことが山ほどあるだろうが、とりあえずはワシの話を聞いてくれ。」

剛太は無言で頷いた。

「今、この地球は滅亡の危機に瀕している。外宇宙からの脅威を招き入れた裏切り者達によってだ。

奴らはアルデバランに眠るハスターを目覚めさせ、ハスターの力でもって地球を滅ぼそうとしておる。」

「つまり、あいつらはテロリストみたいなものなのか?」

「そうではない。いや、よりタチが悪い。奴らが憎悪するのは特定の国や宗教や政治体制などではなく、この地球そのものなのだ。

ハスターの力をもって地球の全てを滅ぼすつもりじゃ。」

「地球の全てを滅ぼすなんて、いったいどうやって?そのハスターとやらは何なんだ?」

「ハスターとは…。」

そこで祖父はしばらく言葉を切った。どう言おうか言葉を選んでいるようだ。

「ハスタールとも、ハストゥールとも言われるが、邪神の一柱だ。『名状しがたきもの』や『邪悪の皇太子』とも言われる。

牡牛座のアルデバランにあるハリ湖に幽閉されていると言われている。風の力を操り、死と狂気を撒き散らす。

この神が地球に到達などした日には地球上の生命など9割方が即座に死滅するだろうよ。」

「まってくれよ、神だって?この科学万能の時代に神様?じいさん、とうとう痴呆でも始まったか?」

「バカモン。科学は万能ではないし、人間ごときには計り知れない宇宙の深淵というものは存在する。

人間には理解できない絶大な力の顕現であれば、それは神と呼んで良いだろう。」

「そんな大層な神様が何の用で地球くんだりまでやって来るんだよ?」

「内通した裏切り者がいるのだ。奴らは邪神を呼び込むだけでは飽き足らず、自らその先鋒となっている。

先日お前が戦ったのも、そういう裏切り者どもだ。」

剛太はなんとなく釈然としないものを感じながらも、これ以上聞いても自分には理解出来ないだろうと判断して質問を変えた。

「じゃあ、あの巨人は何なんだよ。」

そこで祖父は妙に誇らしげに答えた。

「あれこそが邪神ハスターに対抗するために開発されたスーパーロボット、ギョジンガーZじゃあ!」

「そのネーミングセンスは、なんとかならんのか…」

「ならん!ギョジンガーZは伝説の海神ダゴンの力を科学の力で再現したスーパーロボット!

これに相応しい名前はギョジンガー以外にはない!」

剛太はゲンナリした。

「まあ、いいけどさ。敵も何かダゴンて呼んでた気がするがな。よく覚えてねーけど。」

祖父の表情が厳しくなった。

「あの時のこと、あまり覚えていないのか。」

剛太は正直に話すことにした。

「何かわけわかんねえ内に操縦席に座ってて、わけわかんねえ内に空中に放り投げられて、わけわかんねえ内に捕まった。」

「その後は?」

「よく覚えてない。じいさんの家の辺りが爆撃されて、海の上に連れ出されて、あとはもう、何か無茶苦茶やったような気もするけど、よく覚えてない。」

祖父は深刻そうな表情で黙ってしまった。しばらく黙ったまま固まっていたかと思うと突然立ち上がり、

「今日は泊っていけ。わしは少し用事が出来たから出かけてくる。そこの仮眠室が空いているから勝手に使え。」

そう言うと上着を羽織って出て行ってしまった。

一人残された剛太は天井を見上げてボヤく。

「あ~イミわかんねえ~。」


 しばらく茫然と天井を見上げていた剛太だったが、愛車のCB400SSがどうなったのかと、瓦礫の散らばる地上へと出てみる。

たしかハンドルのひん曲った愛車は研究所の前庭に停めたはずだったが…と思ってその辺りを捜してみると、近くの藪の中に残骸が転がっていた。

前輪はどこかへ吹き飛び、ガソリンタンクは内側から破けていた。おそらく引火して爆発したのだろう。

エンジン周りも真っ黒に焼けていて、後輪には溶けたタイヤが張り付いてドロドロになっていた。

そして、荷台に括りつけられたまま炭化していた紙の束を見て、剛太の目に涙が浮かんだ。

それこそは、一か月分の小遣いをはたいて入手したかけがえのないエロ本たちのなれの果てだった。

剛太は泣きながら空に向かって吠えた。



 外宇宙。地球に向かって亜光速で飛翔する二つの機影があった。

「ロイガーの調子はどうだ、エイベル?」

「最高だ。トップスピードでは多少劣っても、ビヤーキーなんかじゃ比較にならんパワーだ。

これならダゴン相手でも不覚はとるまい。」

「エイベル、調子に乗るなよ。あくまでこいつらは二機セットでの運用が基本だ。常に二対一の状況に持ち込むんだ。」

「わかってるさアンドリュー。ジョナサン、リー、マルコムの敵討ちだ。アフメドの奴も来たかったろうな。」

「アフメドにはウェンディゴの扱いをチョー=チョー人どもに教え込む仕事がある。」

「ああ、あのイタカの量産型か。あれの軍団を投入できるようになれば、地球のクトゥルー信者どもなど根絶やしにしてやれるな。」

「その為にも我らがここでダゴンを葬り去っておく必要がある。抜かるなよ。」

「おうよ!」

二機の機影はさらなる加速をして地球を目指していった。


つづく



 



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