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第一章 邪神の目覚める日

 摩州剛太ましゅう こうたは悩んでいた。

これほどの悩みは年に何回も有るものではない。

右にするか左にするか。この選択にこれから先しばらくの自分の幸福がかかっているのは間違いない。

どうしたって選びがたいし、片方を取って片方を捨てるというのは残念極まるのであるが、彼の経済状態では致し方ない。

彼には両方の選択肢をどちらも取るような余裕はないのだった。

 場所は神奈川県鎌倉市。剛太は隣の逗子市に住まう高校生であるが、

地元では果たすことが困難な案件を処理するために隣の鎌倉市まで愛車のホンダ製バイクCB400SSを駆ってやって来たのだった。

観光名所である鎌倉ではあるが、観光客向けの表の顔があるのと同様、

地元の人間にしか判らない裏の顔も存在する。

剛太が訪れたのもそんな類いの店で、観光客で賑わう表通りから細い裏路地に入り、右に曲がり左に曲がりした先に、その店はあった。

その存在は剛太が中学生ぐらいの頃から囁かれていたが、実際に詳しい道順を同級生に教えてもらい、

その秘められた目的を果たすべく店に赴いたのは、本日が初めてであった。

薄汚れた古いビルの二階へとサビの浮き出た鉄製の階段を上って辿り着いた先は、剛太の想像を超えた世界が広がっていた。

店内を見回した瞬間、剛太は我が目を疑い、驚喜し、感動し、涙を流して絶叫した。

そこは、本屋だった。普通の本屋ではない。古本も扱うが、新品も扱う。ビデオやパソコンソフトも扱う。

店内は人間一人がやっと通れる程度の間隔を空けて書棚が並び、書棚に納まり切らない商品が床や棚の上に埃をかぶって積み上げられていた。

やや落ち着きを取り戻した剛太は手前の棚の右上の端から順番に、じっくりと商品を吟味し始める。

剛太の小遣い程度では、ここの商品の比較的安価な物の中から、一つ購入するのがやっとであろう。

この店に並べられた商品はまっとうな物ではない。中古でも定価の何倍もの値段が付いているのはザラだ。

そうして一時間半ほどかけて剛太が選び出したのは、二冊の本だった。

両方買う所持金は無い。

どちらかを取り、どちらかを捨てなければならない。

剛太は悩んだ。高校受験で志望校を選ぶときだってこんなに悩んだ事は無い。

右には「美人教師姉妹のいけない課外授業~もっといっぱい童貞ち○ぽで孕ませて!」

左には「実録女子中学生援助交際~ビッチな妖精たちの夜~(無修正版)」

二冊を並べて悩み抜く剛太を、店員のオヤジが生暖かく見つめている。

ここ、古書店「夢幻境」はソレ系専門の本屋だった。その手の品ぞろいは近隣の本屋やコンビニなど相手にならない。

しかもボカシを入れ忘れて回収騒ぎになった本や、発売後に女優が18歳未満だったことが発覚して回収騒ぎになったAV、

昔のビニ本やら海外の無修正ポルノやら、個人撮影された盗撮や強姦映像、、

国内外の合法/非合法児童ポルノやらグロ画像集、業界の自主規制に反して発売禁止になったエロゲーなど、マニア垂涎の品がゴロゴロ転がっている。

これらの品々の中から、予算と己の性癖を天秤にかけて選び抜いたのが上記の二冊であった。

脂汗を垂らして悩む剛太を見かねた店のオヤジが声をかける。

「お客さん、いくらもって来とるんだね。」

地獄に仏とばかりに顔を上げた剛太の瞳は昔の少女漫画ばりにキラキラしていた。キモかった。

店のオヤジはちょっと後悔しながらも気を取り直して、もう一度言った。

「見たとこ学生さんかな。お金がないなら相談に乗ろうか。」

剛太は瞳のキラキラを急速に失うとうつむきながら財布の中を見せた。

「すいません、これしか持ってないんですよ。」

五千円と小銭が少々。

剛太の悩む本はどちらも三千円する。二冊は買えない。

しかしオヤジは剛太が待ち望んでいた一言をつぶやく。

「ならば五千円で二冊とも売ってやろう。サービスだ。」

「え、でも悪いですよ。」

「ええから、ええから。未来有る若者に腐ったエロ本売りつけられるのなら、本屋冥利に尽きるってもんだ。」

イマイチ釈然としない物を感じながらも、剛太は二冊ともエロ本が手に入った事に有頂天になっていた。

すると、オヤジが本を紙袋に入れながら口を開く。

「わしゃあ、お前さんが気に入った。サービスの代わりといっちゃなんだが、こいつをもらってくれないか。」

そういってカウンターの引き出しから、何かを取り出した。

手の平で受け取ると、それは指輪だった。

蛸か烏賊のような物が触手で指を絡めているデザインだ。やや白っぽい金のように見えるが、材質はよくわからない。

正直あまり格好良いデザインとも言えず、何より値引きしてもらった上にこんな物までもらうわけにはいかない。

剛太は辞退しようとしたが、オヤジはあっという間に剛太の右手の人差し指にその指輪をねじ込むと、

本を包んだ紙袋を押しつけて剛太を店の外に押し出してしまった。



 「クソ、取れないなコレ」

バイクを停めておいた路地まで戻り、紙袋を脇に抱えて指輪を抜こうと力を込めるが、指輪はビクともしない。

「まあ、いいか。風呂にでも入れば抜けるだろう。」

剛太はとりあえず指輪の件は後回しにすることにした。

指輪を抜くことより、さっそく手に入れたエロ本で抜く事の方が差し迫った重要案件であった。

グローブをはめ、メットを被るとバイクに跨がりエンジンをかける。

単気筒の力強い鼓動が心地よい。海の方を回って帰ろうと考え、ハンドルを海の方へ向けてアクセルを回す。

小気味良い加速でバイクは湘南の海へと向かって走り出した。

 海沿いの道を流している。夏の週末ともなれば観光客で大渋滞する道だが、今日はすいていた。

今日は平日。試験開けの休みなのは高校生だけで、世間ではみな労働に励んでいることだろう。

雲一つ無い快晴と潮の香りが心地よい。なにげなく海の方を眺めれば、沖の方にUFOが浮かんでいた。

「は?なんだアレ?」

我ながら情けない声だとは思いつつ、剛太は間抜けな声を上げる。

路肩に愛車を停め、改めてじっくりと観察する。

 相模湾沖の空に、黒い点が6個、横一列に並んでいる。

米軍か空自の戦闘機か何かだろうかと思っている間にも、未確認飛行物体はすごい速さでこちらに向かってくる。

その輪郭が判別できたとき、剛太は絶句した。

それは、戦闘機にもヘリコプターにも見えなかった。まして民間の航空機である訳が無い。

強いて言えば、それは巨大なハチに似ていた。

犬のような細長い頭部の下に、ハチのような胸と、その下の大きな腹部。

胸部からは手足らしきものが二本ずつ生えていた。

背中に生えた羽を動かして飛んでいるようだが、羽自体は動きが速すぎて視認できない。

なによりその大きさが異常だ。全高10メートルほどはあるのではないだろうかと思える。

飛行物体はあっという間に剛太の頭上を通過した。突風で剛太と愛車は吹き飛ばされ、防波堤を越えて砂浜に叩き付けられた。

「イッテェ…」

強打した尻をさすりながら剛太が起き上がると、爆発音に空気が震えた。住宅地の方から煙が上がる。

剛太が急いで防波堤をよじ登ると、新たな爆発音と共に建物の破片やら車のホイールやら誰かの足首やらが飛んできて、防波堤の前に散らばった。

例の謎の飛行物体が、住宅地を爆撃していた。

手らしき部分に持った銃のような物(実態は大砲だろう)が火を噴くたびに建物が吹き飛んでいく。

住宅地は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

崩れる建物、燃えさかる炎の中で人々が右往左往逃げ惑っている。

剛太は祖父が心配になり、祖父の家へ向かうことにした。

祖父はこの近くに住居兼研究所を建てて研究とやらに打ち込んでいる変人で、その偏屈ぶりには剛太の両親も匙を投げていた。

祖父の家はこの近くの海沿いにある。バイクで走れば数分で着くだろう。

剛太は砂浜に戻るとバイクを引き起こしてキックペダルを蹴り込む。

幸いすぐにエンジンはかかった。ハンドルが少し歪んでしまったが、この際贅沢は言えない。

砂を巻き上げながらCB400SSは発進した。



 「じいさん!生きてるかじいさん!」

祖父の家は無事だった。この辺りはまだ爆撃されていないようだ。

しかし、祖父の姿が見えない。

「おい、じいさん、もう避難したのか!」

呼びかけてもいらえは無い。その時、唸るような音を立てて飛行物体が上空を通過した。

直後に砲声と爆発音が空気を揺らす。この辺も危なくなってきたようだ。

祖父の研究所は確か地下にあったはず、地下ならば多少は安全だろうと考えて剛太は地下室への階段を駆け下りた。

 祖父の研究所は想像以上に大きかった。地下一、二階は物置兼仮眠スペースのようなものだったが、

地下三階には大型の金属加工機械が並ぶ工場のようなフロアがあったかと思えば、

地下四階には巨大な書庫があり、書架には民俗学や宗教学、オカルトなどの本がびっしりと詰まっていた。

地下五階には南米産の装身具やらボナペの土民の仮面やらヴードゥーの呪具やらドルイドの木版やらが無秩序にガラスケースに並んでいた。

地下六階には大がかりなスーパーコンピューターが据えられていた。

驚いたのは地下七階で、武器庫があり最新の銃器弾薬から年代物の刀剣まで揃っていた。

まったく、何の研究をしているのか皆目検討がつかない。

さらには祖父以外にも大勢の人間がいたであろう形跡があるのだが、誰一人見当たらない。

皆、爆撃を恐れてより地下深くに避難したのだろうか。

さらに地下へ下りていくと、三階層をブチ抜いたドックのような場所に出た。

薄暗い非常灯がついているだけなので薄暗く、何のための場所なのかはよくわからない。

しかし、ここより下へ通じる通路も近くにないようなので、足下に気をつけながら足を進める。

床には太いケーブルが這っていたり、工具のような物が放置されていたりで散らかっている。

そうして歩いて行くと、ドッグの端と思われる所へ来た。

ドッグ端の壁面には、何か巨大な物が固定されているような感じがあるが、薄暗くてよく見えない。

すると、ふいに右手にはめられた指輪が輝きだした。

光は猛烈な強さでドッグの中を照らし出した。薄闇に馴れた目には光がつらく、剛太は思わず左手で目をかばってしまった。

目が光りに慣れて剛太がおそるおそる前を見ると、そこには巨人がいた。

驚きのあまり、心臓がビクンと跳ねる。

それは身長20メーターほどもある巨人だった。

いや、金属で出来ているように見えるところから、あるいは巨大ロボットというべきか。

両生類を彷彿させる頭部、頭部と同じ太さで胴体へ繋がる太い首。

プロレスラーのような筋骨隆々としたボディと節くれ立った手足。

手足の先は五本の指に分かれ、指の間には水かきのように膜のような物が張っている。

そんな妙に生物的なフォルムを持つ巨人が鋼鉄で鎧われた巨大ロボットとして存在していた。

不意に巨人の頭部がぐっと持ち上がり、前を見据える。

左右に大きく分かれた両目が赤く輝き、大きく避けた口が開かれる。

開かれた口からダイオウイカの蝕椀のようなものが数本飛び出てくると、剛太の手足に絡みつく。

「ちょ、なんだよ、放せよ!」

突然のことにパニックになって暴れる剛太だったが、力強い蝕椀はがっちりと剛太を掴んで放さない。

「放せ!放せよ!」

必死になって身をよじる剛太をよそに、新たな蝕椀が伸びてくる。

蝕椀の先端にはグロテスクな眼球があり、文字通り頭の先から爪先まで剛太をなめ回すように見つめる。

そして剛太の右手の人差し指にはまった指輪を見つけると、しばらくそれを凝視した後、再び巨人の口へと戻っていった。

次いで、剛太の手足に絡みついた蝕椀が持ち上がり、剛太の身体はふわりと宙に浮く。

次の瞬間、蝕椀達は猛烈な勢いで巨人の口へと戻っていき、剛太もろとも巨人の口の中へと収まってしまった。

猛烈な勢いで飲み込まれながら剛太はカメレオンが舌を伸ばして虫を補食する様を撮影した動画を思い出していた。



 剛太が目を覚ますと、身体はシートのような物にベルトで固定されていた。

目の前には大型のモニターや大小様々なメーター、操縦桿のような物がある。

大型モニターは正面、左右と前方上面、前方下面の5枚があるようだが、前方下面の物はコンソールや操縦桿が邪魔でよく見えない。

そういった人工的な器物がぐるりと剛太を囲んでいたのだが、その隙間には何か有機的なものが見える。

巨大な内臓の中に無理矢理人工物を埋め込んだような印象だ。

「なんだよ、これは…」

呆然と何かのコックピットのような周囲を眺めていると、正面のモニターが点灯した。

画面にはしばらくNOW LOADINGと表示された後、

That is not dead whitch can eternallie,

With strange eons even death may die.

と表示されると、他のモニターも点灯し、様々なステータスバーが表示されたり、

DOSプロンプトのような物が物凄い勢いでスクロールしたりし始めた。

やがて全てのメッセージウィンドウが閉じると、画面には先程のドックの様子が映し出された。

剛太にも何となくわかった。この画面は先程の巨人の頭部から見た映像なのだ。

そして恐らくここはあの巨大ロボットの操縦席だ。

しかし、なぜ、自分はそんな所にいるのだろうか?先程巨人の口に飲み込まれたように思えたのは何だったのか。

そんな剛太の混乱を余所に、コンソールの端のランプが点滅すると、シート後ろに設置されたスピーカーから声が聞こえた。

「誰だ、勝手にギョジンガーを起動させおって。」

聞き覚えのある声だった。祖父に違いない。

「じいさん?無事だったのか!俺だ、剛太だ!」

「剛太か?何故お前がそこに居る?」

「俺が聞きてえよ、なんだよコレ?」

「う~む、しかし操縦者が見つかったのは暁光だな。剛太よ、戦うのだ。」

「はあ?何と?何で?俺が?」

祖父の口から意味のわからない言葉が発せられ、再び剛太は混乱する。

「バカモン、外で好き勝手暴れてる連中がわからんのか!奴らと戦うためにギョジンガーは作られたのじゃ!」

「知るかよそんなもん!すぐに自衛隊か米軍がなんとかしてくれんだろ!」

「残念ながら先程厚木を発した米軍機は全て返り討ちにあった。既存の兵器では奴らに対抗できん。」

「ムリだよ!動かし方もわかんねえのに!」

「なに、そうバイクと変わらん!あとは気合いと根性じゃ!」

「おい、ふざけんなじいさん!痴呆も休み休み言ってくれ!」

モニターを見れば巨人の各部を固定していたジョイントが外されていく。

ドッグの天井がゆっくりと横にスライドしていくと、地上まで繋がる縦穴が見えた。

「ギョジンガーZ、発進!」

縦穴に設置されたリニアカタパルトによって巨人が一気に地上へ向けて射出される。

「ふざけんなクソじじぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」


つづく




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