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第九章 ハスターの帰還

 「剛太!剛太!大丈夫?ねえ、剛太返事をして!」

スピーカーから怒鳴りちらされる絵里の声で目を覚ます。

そこはギョジンガーZのコックピットだった。

右を下に横倒しになっているようだ。

正面モニターは割れて真っ黒だ。

サブモニターも半分以上が真っ黒だったり、出鱈目なエラーメッセージで埋め尽くされたりしている。

左下のモニターが律儀に損害報告を表示しているのを胡乱な目で見つめる。

左腕と左脚は根元からなくなり、右脚も膝から下がなくなっている。

頭部の右上はごっそりと抉れているようだし、右目も潰れたようだ。

かろうじて残っている右腕も細かな損害が無数にあり、握っていたはずの大型ククリも何処かへなくしてしまっていた。

胴体も左の脇腹が抉れているようだし、右胸も大きく陥没しているらしい。

コックピットが無事なのは奇跡だった。

背骨が数カ所で折れており、もはや立ち上がることも出来そうにない。

現在地はGPSによれば南緯47度9分西経126度43分。海抜2800メートル。

ギョジンガーZは海底に沈んでいた。

さっきからひっきりなしに金切り声を上げているスピーカーを黙らせるべく、返事をする。

とても自分の喉からでたとは思えない「ああ」とも「うう」とも言いがたいうめき声が絞り出された。

「剛太!生きてたの!怪我は?!」

絵里の甲高い声が聞こえてくる。

絵里は無事なのだろうか。

「あんたから200メートルくらい南に転がってるわよ。」

どうやらグレートギョジンガーもこの海底に沈んでいるらしい。

お互い大した怪我はしていないようだが、機体の損傷が激しい。

剛太は生き残ったサブモニターに左目の映像を映した。

太陽の光の届かない海底にもかかわらず、周囲はほのかに明るかった。

弱々しい光で深海を照らす発光バクテリアが雪のように降り注ぐそこは、海底遺跡だった。

石で造られた古代都市が見渡す限りに広がってる。

建造物は奇妙に歪み、傾き、ねじくれていた。

とうてい人間が住んだとは思えない奇妙な石造建築を押し潰してギョジンガーは横倒しになっていた。

少し離れた所に同じように建物を押し潰して横たわるグレートギョジンガーの姿が見えた。

右腕で地面を掻いて這い進む。

グレートの方も満身創痍だった。

頭部は跡形もない。右膝から下もなく、翼もなかった。左腕は肩ごとなくなっている。

外装もほとんどが脱落してギョジンガーZと同様の「中身」を晒している。

「一体何があったんだ?」

「多分、核攻撃よ。ハスターを狙ったミサイルが外れて私たちの上空で爆発したんだわ。」

なるほど、あの時最後に見た閃光は核爆発の光か。

「敵は?」

「わからない。多分死んだか、運が良ければどっかその辺に転がってるんじゃないの?」

「そうか…ハスターは?」

「わからない。無事だったならそろそろ攻撃が始まると思うんだけど。」

剛太は考える。海底2800メートルに沈んだ自分たちを助ける技術は人類にあるだろうか?

いや、そもそもこの海底遺跡はおそらく敵の攻撃目標と推測される、ルルイエだ。

ここにこうしていたら、間違いなくハスターの攻撃を受けるだろう。

しかし、両機ともまともに動くことは出来ない。

何か手はないものかとコックピットを見回した剛太の目に、皮装丁の古書が目に入る。

衝撃でシート下から飛び出してきていたようだ。

「ブレインのオッサン…お守り、役に立たなかったよ…」

剛太は出会ってから一週間と立っていない初老の男の顔を思い出した。

カール・ビンソンに乗っていたあの人も、いまは海の藻屑だろう。

「剛太!何か聞こえない?」

絵里の声に耳をすますが、何も聞こえない。

海底は静寂に包まれていた。

「ほら、聞こえるよ!なんだろう…」

その時、剛太の耳にも聞こえてきた。

…グル……グルフ……イエ…トゥル……ナグル…タグン…

どこかで聞いたような言葉だった。

それが徐々に大きくなり、まるで大勢の人間が唱和しているかのように海中に響いている。

「何これ?何なの?」

絵里が不安そうな声を上げる。

剛太はギョジンガーZの左目で周囲を見回す。

すると発光バクテリアの照らす薄明かりの中、人影が見えた。それも大量に。

自分たちを救助に来たダイバー?そんな筈がない。計器が正しければここは深海2800メートル。人間が生身で潜れる深さではない。

しかし、人影はどんどん増えていく。

その姿がはっきり判るほど近づいたとき、剛太は息を呑んだ。

彼らはエラがあり、ヒレがあり、手足の指の間には水掻きがあり、その身体は鱗に覆われていた。

「半漁人だ…」

「え?どうなってるの?ねえ、剛太?外どうなってるのよ?」

頭部を失ったグレートギョジンガーでは当然外部の様子はわからない。

周囲が見えない状態で音だけが聞こえる絵里はパニックになりかけていた。

しかし、繰り返し唱和される言葉を聞いているうちに、何故か心が落ち着いてくる。

「ブレインのオッサン?」

半漁人達の先頭を泳いで導いているのは、ホーバス・ブレインだった。

つい一時間ほど前に会ったときと同じ高級スーツを波に漂わせながら半漁人達の群れを導く。

やがて半漁人達は何重もの円になって二機のギョジンガーを囲んで回り出した。

彼らの遺伝子に深く刻み込まれた聖句を唱和しながら泳ぐ。

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海底が僅かに揺れているのに剛太は気付いた。

海底地震か?と思う間もなく激しい縦揺れの烈震に変わる。

激しい揺れにギョジンガーのコックピットが揺さぶられる。

バーテンダーに翻弄されるシェイカーの中のカクテルになった気分だ。

剛太も絵里も悲鳴を上げることもできずに猛烈な縦揺れに身を任せていた。

サブモニターに表示された現在地の海抜の数字が見る見る減っていく。

海底火山の隆起か?いや、そんなものではない。

これは、ルルイエの浮上だ!

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世界中の海から集まった敬虔な信徒達の唱和する聖句が響く中、

歪みねじくれた太古の海底遺跡は猛烈な速度で海上を目指した。

遺跡に暮らしていた深海魚たちが水圧の変化に耐えきれずに臓物を破裂させて死んでいく。

発光バクテリアによるものではない光が石造都市を照らす。

はたして何億年ぶりなのか、この古都が太陽の光を浴びるのは。

そうして一気に海面を突き破り、この異常な海底隆起は止まった。

伝説に謳われた邪神クトゥルーの治める都、ルルイエが浮上を果たしたのだ。

 海底から呪われた都が浮上するのと時を同じくして、鉛色の雲を引き裂いて天空より邪悪の皇太子が降臨する。

全長800メートルを超える、葉巻型にねじくれあった触手とも臓物ともつかない異形がほどけて真の姿を晒す。

ルルイエの空を覆い尽くして浮かぶ巨大な触手と臓物の塊のようなソレは、まさしく「名状しがたいもの」だった。


 ルルイエを見下ろすレイク・ハリのブリッジ、いや、ハスターの体内にて、黒眼鏡の老戦士は叫ぶ。

「ルルイエこそ浮上したが、クトゥルーは復活していない!ダゴンとハイドラは半死半生で転がっている!

さあ、王よ、今こそ宿怨を晴らすとき!」

しかし、黄色のローブに身を包んだ王は冷ややかだった。

「待て、シュリュズベリィよ。様子がおかしい。少し見守ろうではないか。」

ルルイエの石造建築を押し倒して横たわる二体の巨人の周囲を無数の半漁人達が円を造って回っている。

円は何重にも重なり、隣り合う円同士がそれぞれ逆方向に回転しながら再び聖句を唱和する。

フングルイ ムグルフナフ ルルイエ クトゥルー ウガナトレイ ブルグトラン イア イア クトゥルー イア イア クトゥルー

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シュリュズベリィの顔色が変わる。

「呪文が変化したぞ!いつものアレではない!奴ら、何を言っている?」

「ハーッハッハッハッハッハ!」

唐突に王が笑い出した。

「王よ、どうしました。何が起こっているのです?」

シュリュズベリィが詰め寄ろうとするが、黄衣の王はそれを制した。

「なに、奴らがいつもの『ルルイエの館にて死せるクトゥルー夢見るままに待ちいたり』なんて言う必要はなくなったのだ。

奴らはこう言っている。『ルルイエの館にて死せるクトゥルー夢より帰りて目覚めたり。クトゥルー万歳』とな。

見ろ!クトゥルーが復活するぞ!」


 ギョジンガーZのコックピットで剛太はトランス状態に陥っていた。

周囲で繰り返し唱えられる祝詞が理性を溶かしていく。

半ば無意識的に皮装丁の古書のページをめくる。

普段なら読もうとも思わないであろう、かすれた手書きの漢文を目で追っていく。

あった。目的の一文を探し出した剛太はソレを理解する。

ソレは人類にとって未知の言語の音を漢字で表音表記しただけであり、ソレの意味は通常では判るはずもない。

しかし、剛太の遺伝子にすり込まれた祖先の記憶がソレの意味を剛太に教える。

無意識下の領域で処理された情報が、意識界に顕現するにあたって、ソレを剛太にとって馴染みのある日本語に翻訳される。

意識せずともソレは剛太の口から唱えられる。

 汝、死して横たわりながら夢見るものよ

 汝の僕が呼びかけるのを聞きたまえ

 強壮たるクトゥルーよ、我が声を聞きたまえ

 夢の主よ、我が声を聞きたまえ

 ルルイエの塔に汝は封じこめられしも

 深きものどもが汝の呪わしい縛めを破り

 汝の王国は再び浮上した

 ダゴンは汝の蛮名を知り

 ハイドラは汝の埋葬所を知れり

 我に汝の印をあたえたまえ

 汝が地上にあらわれることを知りたいがため

 死が死するとき汝の時は訪れ

 汝はもはや眠ることなし

 我に波浪を鎮める力をあたえたまえ

 汝の呼び声を聞きたいがため

 死すら死する永劫の時を超えて目覚めたまえ

 強壮たるクトゥルーよ

 神々の司祭よ

 夢の守り手よ

 汝が敵を滅ぼすために目覚めたまえ

いつしか通信機からも同じ祝詞を唱える声が聞こえてくる。

剛太と絵里はそれぞれのコックピットで祝詞を繰り返した。

三度繰り返し、大いなる旧支配者の名を呼ぶ

「「イア!イア!クトゥルー!クトゥルー!クトゥルー!」」

だが、それでは充分ではないと心の中の何かが告げる。

クトゥルーではない。ソレの真の名はそんな人間に発音できるような名ではない。

ツゥールーでもク・リトル・リトルでもクーリューでもない。

ソレの真の名は人間の声帯が発音することを前提にしていない。

二人の指に嵌められた指輪が輝く。

ダゴンの使徒とハイドラの巫女たる二人はその時、人間を超越した。

声帯が、心肺機能が、それらを動かす神経が、脳が、本来人間に備わっていない機能を獲得する。

「「K*VH¥r'W/u!!!」」

二人の喉から、本来人間が発音できず、発音するべきでない召喚の蛮名が叫ばれる。

 変化は劇的であった。

もはや原型を留めぬ肉塊と化していた二体の巨人から、膨大な量の触手が生える。

触手はねじれ、絡み合いながら一つの塊となって二体を包み込み、爆発的な勢いで増殖する

周囲の石造建築を取り込み、いまだ円陣を組んで祝詞を唱和していた半漁人達を取り込み、

少し離れた所に転がっていたロイガーとツァールの残骸をも取り込み、際限なく膨張してゆく。

やがてよじれ合った触手の束が骨格を、筋肉を、内蔵を形成して一つの形を造り上げる。

ソレはギョジンガーの「中身」を10倍に拡大したかのような偉容の巨人だった。

概ね人型をしているとはいえ、顔面の下半分は胸まで届く触手の束が髭のように覆っており、

頭頂部は烏賊のように鋭く尖っている。

背中には巨大な羽を背負い、鱗に覆われた体表は粘液で濡れ輝いていた。

ソレの内部では、剛太と絵里が縦置きの複座式コクピットに収まっていた。

破損していたはずのモニター類も全て復活して二人の周囲に配置される。

計器に光が灯り、システムが起動するとお馴染みの二行連句がモニターに表示される。

That is not dead which can eternal lie,

And with strange eons even death may die.

背後のシートを振り返りながら剛太が問う。

「絵里、行けるか?」

絵里は無言で親指を立てて見せた。

「いよっしゃあ!行くぞ、ギョジンカイザー!!」

「ちょっと、ギョジンカイザーって何よ?」

背後からツッコミが入る。

「こいつの名前だ!Z、グレートときたらカイザーだろ!」

「何よそれ?!」

「いいから行くぞ!名状しがたい触手のバケモノがお待ちかねだ!」

ギョジンカイザーは背中にたたまれた翼を広げ、上空のハスターへ向かって飛び立った。


 「クトゥルーの復活がこのような形で行われるとは!王よ!早く攻撃を!」

ラバン・シュリュズベリィは狼狽して叫んだ。

クトゥルーの復活を阻止するために人生を捧げてきたのだ。

そしてその為の最終手段としてハスターを地球に引き込むことまでしたにもかかわらず、

目の前でクトゥルーの復活が成し遂げられてしまったのだ。

先程ダゴンとハイドラの周りを回って召喚儀式を行っていた深きものどもを率いていた男には見覚えがあった。

かつて同志として共にクトゥルー復活を阻止すべく共に戦った男だった。

「ホーバス・ブレイン…あの裏切り者め…」

柄にもなく混乱してわめき散らすシュリュズベリィを王は蒼白の仮面の隙間から冷ややかな目で見ていた。

「これでいいのだよ、シュリュズベリィ。このために我はここまで来たのだから。」

そう言って立ち上がる。

全てのコントロールが黄衣の王によって掌握され、レイク・ハリのブリッジは意味を失った。

「君たちはそこで神の戦いを見ていれば良い。さあ、黙示録の時は来たれり、だ。」


 全長200メートルにも及ぶ異形の巨人が同サイズの触手の塊を殴りつける。

亜音速で吹き飛びながらもハスターはその触手を伸ばしてクトゥルーの拳を掴む。

慣性の法則を無視した急制動でハスターは空中に制止し、行き場を失った運動エネルギーを込めてクトゥルーを投げ捨てる。

音速を超えて宙を舞った巨体は数百キロの距離を吹き飛んで海面に叩き付けられた。

すかさず追撃したハスターが海面にバウンドするクトゥルーを太い蝕椀で殴りつける。

再び吹き飛ばされたクトゥルーの巨体が南極大陸に激突してクレーターを穿つ。

立ち上がったクトゥルーの両腕をハスターの放ったカマイタチが切り落とす。

風を操るハスターにとってはこの程度は児戯に等しい。

カマイタチが南極の氷原にクレパスを穿つ。

そしてハスター本体は触手を円錐状に絡め、巨大なドリルとなって超音速でクトゥルーの胸元に迫った。

クトゥルーは腕を失ったことも意に返さずに髭のように触手に覆われた口を大きく開く。

正面から突っ込んでくるハスターに向けてクトゥルーの口から光線が放たれた。

ハスターの身体を貫通した光線はコリオリ力に歪められながらも地表に沿って直進し、南米大陸に到達するとアンデス山脈に大穴を空けた。

突進力を殺されたハスターがクトゥルーに激突する。

氷原を打ち砕きながらもつれ合って転がる二体の異形。

先に立ち上がったのはクトゥルーだった。

鱗に覆われた脚でハスターを蹴り飛ばす。

吹っ飛ばされたハスターは一瞬で南極大陸を飛び出し、喜望峰を打ち砕いてケープタウンの都市を瓦礫に変えながら止まった。

突如現れた巨大な触手と臓物の塊に市街は大パニックに陥る。

触手を這わせて高層ビルの陰に隠れようとするハスターに、上空からビーム攻撃が加えられる。

上空にはクトゥルーが翼を広げてケープタウンに陰を落としていた。

カマイタチに切断された両肩からは新たな触手が生えてねじれあい、新たな腕を造りかけていた。

辛くも直撃を免れたハスターが飛び上がり、北へ向けて逃走する。

一瞬で音速の6倍の速度に達し、進路上の都市や平原をソニックブームが蹂躙していく。

地中海上空で減速したハスターが背後を窺うと、背後にぴったりとクトゥルーが追尾してきている。

ハスターがカマイタチを放つと同時にクトゥルーがビームを放つ。

カマイタチによって発生した津波がエジプトを襲い、ビームの熱がバチカンの大聖堂を蒸発させた。

互いに直撃を喰らった二体はバランスを崩してもつれあったまま南フランスのブドウ畑に墜落する。

ハスターが蝕椀をムチのように振るってクトゥルーを叩き、吹き飛んだクトゥルーはパリの市街地に墜落、シャンゼリゼ通りを瓦礫の山に変えた。

ハスターが超大型の竜巻を発生させ、パリ市街をミキサーのように攪拌する。

叩き付ける強風をものともせず飛び上がったクトゥルーが暴風圏を突破してハスターに掴みかかる。

空中をもつれあったまま成層圏まで上昇したところでクトゥルーがハスターを完全に押さえ込んだ。

そのまま一気に降下し、マッハ3でシチリア島のエトナ火山へと激突した。


 爆発に吹き上げられた火山灰が空を覆い、灰を含んだ黒い雨が降り注ぐ。

シチリア島を吹き飛ばした巨大火山爆発が生んだ巨大なクレーターの中央で、二つの巨大なシルエットが浮かび上がる。

クトゥルーの、いや、ギョジンカイザーのコクピットで剛太は荒い息を吐いていた。

脳内麻薬が過剰分泌されて、自分が置かれている状況がよくわかっていない。

ギョジンカイザーは爆風で両腕と頭部を吹き飛ばされていたが、既に再生が始まっていた。

目の前の地面に力なく横たわる巨大な肉塊を見下ろす。

成層圏から超高速パイルドライヴァーで火口に叩き込まれたハスターは、ヨーロッパ最大の活火山の大爆発をゼロ距離で浴びたのだ。

触手の多くはちぎれ飛び、臓物の塊のような姿を晒していた。

それをギョジンカイザーが足で踏みつぶす。

不快な音を立てて肉が潰れ、ぬらぬらと虹色に光る液体が飛び散る。

「死ね!死ね!死ね!死ねよオラ!死ね!死ね!死に腐れ!」

コンバット・ハイになって暴力性を遺憾なく発揮している剛太の背を見ながら、絵里は不思議と覚めていた。

「どうして、こんな事になってしまったのだろう。」

誰にともなく呟く。

南太平洋でほんの数分前に始まった戦いは、あっという間に地球の裏側まで到達してしまった。

一体この戦いに巻き込まれてどれだけの人が死んだのか見当もつかない。

 ふいに通信機がひどい雑音混じりの音声を受信する。

「もう、やめてくれ。投降する。降参だ。」

異常な興奮状態に陥っている剛太には聞こえていないのか、未だに足下の肉塊を踏み続けている。

「剛太、やめて。もう終わったのよ。」

そう言って絵里は機体制御を自分の方へと切り替えた。

ギョジンカイザーは動きを止めた。

剛太は荒い息を吐きながら血走った目で絵里を見つめる。

過呼吸気味になっているのかもしれない。絵里はそう思った。

ギョジンカイザーのエネルギーを全て再生に割り当てる。

頭部が再生し、眼球が再構成されると視界がクリアになった。

肉塊の割れ目から二人の人間が這い出てくるのが見えた。


 砕かれ、裂かれ、焼かれたハスターの肉を掻き分けてシュリュズベリィと黄衣の王は火山灰を含んだ黒い雨に身をさらし、

目の前にそびえ立つクトゥルーの巨体を見上げた。

生き残ったのは二人だけだ。ネイランド・コラムも他の乗組員も、邪神達の戦いに付いていくことができず、

人体の限界をはるかに超えたGに身体を押し潰され、内蔵を撒き散らして死んだ。

レイク・ハリことハスターの本体も活動を停止した今、クトゥルーを止める術はない。

あとはこの黄衣の王に期待するしかないわけだが、このハスターの化身がどこまでやれるものか、シュリュズベリィには判らなかった。

「残念だったな、シュリュズベリィ。君の念願だったクトゥルー撲滅は叶わなかったようだ。」

シュリュズベリィは黄衣の王に取りすがって懇願した。

「王よ、どうか今一度力をお貸し下さい。クトゥルーが復活した今、一刻の猶予もありません。

今でこそ人間の制御に従っているようですが、ひとたびクトゥルーが自我に目覚めたら…」

王は煩わしそうにシュリュズベリィを突き放した。

「シュリュズベリィよ、クトゥルーはとうに完全に目覚めている。

君は勘違いしていたようだが、クトゥルーにこの星を滅ぼす意思などない。

この星は彼の王国であり、この星に生きる物は全て彼の臣下なのだから。

この40億年もの間、この星に生命を育み、見守ってきた慈悲深い神を君は殺そうとしていたのだ。」

「王よ、私が間違っていたというのか、ならば、貴方は、ハスターとは何だ!」

黄衣の王はゆっくりとシュリュズベリイの顔に手を伸ばし、やさしくその黒眼鏡を外した。

黒眼鏡の下にあるべき眼球はなく、シュリュズベリイの顔には二つの穴が暗い闇をたたえて開いていた。

「ラバン・シュリュズベリィよ。ハスターなどここにはいない。奴は旧神の封印に捉えられたまま、いまだアルデバランで眠りについている。

そこに転がる残骸などハスターに似せて造ったフェイクに過ぎん。

この100年あまり、君の戦いを支援してきたのはハスターではない。この私だ。

その光なき眼でよく見るがいい、君を操って結果的にクトゥルー復活のきっかけを演出した私が何者であるのか!」

ラバン・シュリュズベリィは愕然として虚ろな眼窩を黄衣の王へと向けた。

王の右手が顔を覆う蒼白の仮面をつかみ、ゆっくりと外していく。

仮面の下に顔はなかった。ただひたすらに黒い闇だ。

続いて王は黄色のローブを脱いだ。

その下にあるものはひたすら闇、闇、闇。

あらゆる光を否定する漆黒の闇が人間の形に凝結して存在していた。

闇が口を開く。

「君との付き合いはなかなかにおもしろかったよ、ラバン・シュリュズベリィ博士。

でも、私の目的は少し君とは違うんだな。私はね、一度本気で戦ってみたかったのだよ、クトゥルーと。

今までなかなか機会がなくてね。私は『外なる神の従者でありながら旧支配者の最強の者と同等の力を持つ』なんて言われてはいるが、

実際の所クトゥグアあたりと戯れた程度にしか経験がなくてね。

盲目白痴のわが主、アザ=トゥースの無聊を慰めるのにもちょうど良いマッチだと思わないか?」

シュリュズベリィの顔面は紙の白くなった。声が震える。

「貴様は、まさか、そんな…」

人型の闇が芝居がかった仕草で両手を広げて高々と自らの名を宣言する。

「我こそは神々の道化師、無貌の神、闇に吠える者、這い寄る混沌ナイアルラトホテップ!さあ、黙示録を再開させよう!

強壮たるクトゥルーよ、貴様の王国を滅ぼされたくなければ我を止めてみせるがいい!」

言い終わるやいなや、闇が膨張する。

膨張した闇は呆然と立ちすくんでいたシュリュズベリイも巨大な肉塊と化したハスターの残骸も飲み込み、

ギョジンカイザーと同じサイズにまで広がると、闇に色がつき、物理的な肉体を備えた存在へと変わっていった。

それは概ね人間に似ていたが、黒い身体からは三本の脚が生え、指にはかぎ爪を備えていた。

頭部のあるべき所にはまるで舌のような赤く太い一本の触手が天に向かって逆立っていた。

巨大な赤い舌を震わせて大音声を響かせる。

「さあ、選手交代で第二ラウンド開始と行こうか!」


つづく


 


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