子育て勇者と魔王の子供・80
暴走する隣家の奥さんを、祖父母がどうやってかなだめてくれたので、教会に結婚式を予約する羽目にはならずに済んだ。
ただ、実家にはお礼を言いに行きたいと言われた。いつも世話になっているから、今度手土産を持って行く、と。
……冥界産のナニカではないことを祈るばかりだ。
※※※
最近、教会のおねえさんへのストーカーが一人増えた、らしい。
昔の知り合い、らしいが、どう見ても『彼女』は迷惑がっている。
カリスと仲良くケンカしながら、お姉さんを追いかけているストーカーは、なんと女性だった。
「……『どうにか』していいかしら……」
遠い目でそんなことを呟く『彼女』に、ユーヤは苦笑した。
「ドウニカって……そんなにひどいのかい?」
「酷くはないわ。ただ喋りながらついてまわるだけ――」
「おねえさまの周りに小汚い男が付いてまわるなんて許せないから消毒よーー!」
「誰が小汚いのよ失礼ね!? あんたみたいなちんくしゃに言われたくないわよ!?」
「――あんな風に」
疲れたため息をもらす『彼女』の肩を、慰めるように叩いてやる。
大変そうだが、太古の魔王の片りんを見せるのだけは止めてほしい。村ごと無くなったりしたら大変だ。もっとも、教会の神父のことを考えたら、『彼女』もそんな無茶はしないだろうが。
「ねぇ、村の近くじゃなくていいから、人が寄り付かない場所とか心当たりある?」
「……あるけど教えない」
世間話をしているユーヤと『彼女』のところへ小突きあいをしながら駆け寄ってくる賢者と、小柄な女性。楽しそうだが、つきまとわれるほうはたまったものではないのだろう。『彼女』が理性をぷっつんさせないうちに、警告というか忠告はしておいたほうが良さそうだ。
※※※
「りょうりのしゅぎょうをします!」
と、イリアが小さなこぶしをにぎりしめて宣言した。
「けんじゃのたまごのおねえさんみたいに、ちめいてきなことになりたくないので、いまからしゅぎょうしようとおもいます! さいわい、おおしゅうとめさんもおしゅうとめさんもこじゅうとめさんもいますから、いまのうちからとつぎさきのあじをますたーするのです!」
祖母、母、義姉に弟子入りする気のようだ。けなげなことである。
「……うん、いいけど、怪我だけ気を付けてな?」
止める理由もないので、頭を撫でておいた。
「イリア、すげー! おれもなんかしゅぎょうしようかな……あ、にーちゃんのにいちゃんのうしのせわと、じーちゃんのはたけのしゅぎょうしよ!」
兄の牧場と祖父の畑がお気に入りのイリックまでもがそんなことを言い出した。酪農家か農家をやりたくなったのか。
修行じゃなくてただのお手伝いだとか、そういうことはやる気に水を差したくないので黙っておこう。
魔王を目指すよりはよっぽど健全である。
「よし、じゃあ、俺と一緒に牧場と畑行って修行してくるか?」
「うん、いく!」
「あー! イリックずるいです! おにーさん、わたしもいきます!」
「あれ、料理の修業は? 俺に美味しいご飯を作ってくれるんじゃないのか?」
「………………そうでした。でもイリックずるいですー」
口をとがらせるイリアの頭を撫でてやって、ユーヤはイリックの手を取った。
「お昼になったら帰ってくるよ。午後からは一緒にじいちゃんの畑に行こうな」
「……はい!」
※※※
家を出たら、隣の家から出てくるオーラと偶然会った。腕に本をたくさん抱えているところを見ると、元魔王から撤収したのか。元魔王からでも物品を回収する賢者の卵、恐るべし。
「オーラ、お疲れさん」
「あ、ユーヤさん……と、イリックくん……」
微妙に視線をさまよわせているオーラだ。どこを見て良いのか分からない、というような。どうかしたのだろうか。そう言えば、イリックが成長薬を口にして少ししてからオーラの行動がおかしかった時期がある。
イリックと何かあったのだろうか。何かからかわれたのかもしれない。
「ねーちゃんおつかれ。おれたちでっかくするくすりのつくりかた、わかった?」
「そんなもの作りません! あなたたちは普通に大きくなればいいの。みんなちゃんと待ってくれるから、焦らなくていいの」
「ぶー、つまんねー」
成長薬にこだわるイリックを、上手にかわすオーラである。彼女も何かが変わった気がする。一体何が変わったのかと訊かれたら、ユーヤにも応えようがないのだが。
「熱心だな。今度は何を作るんだ?」
「いえ、今は特には……ただ、ここのお宅の本、貴重なものが多いので、読むのが楽しくて……歴史とかもすごく詳しい本があるので、子供たちにも良いなぁと」
村の中で学校を作ると言う彼女の案は、徐々に進みつつある。村長は真っ先に同意してくれたし、資金もユーヤがもらった『養育費』から出すと伝えたら、村の住民は誰も反対しなかった。
むしろ、なんか手伝えることがあったらなんでも言ってくれ、と、もろ手を挙げて歓迎された。
多分、暇なのだろう。そしてそれ以上に、みんな良い人なのだ。
※※※
牧場に行く途中、ぽちが焦げて倒れていたのを見た。
まぁ、いつものことなので放っておいた。
今回は誰にやられたのか……焦げていることから、イリアではない。
イリックか、元魔王か、はたまた死の化身である奥さんか、それとも教会のおねえさんが八つ当たりしたのか。ひょっとしたら魔法を駆使するカリスかもしれない。心当たりが多すぎる。
まぁいいか、ぽちだし。どうせ午後には復活するだろう。
※※※
村長の娘と、幼なじみと、従姉妹は、最近おとなしくなった気がする。いつもなら、用がなくてもちょこちょこ遊びに来るのだが、ここ最近はそれもない。
忙しいのかな、と、呟いたら、
「まぁ、いろいろ目が覚めたんだろ。熱が冷めたと言うか」
と、兄に言われた。
「ほかに目が向いたのかもしれないね。世界が広がったのなら良いことだよ」
と、義姉にも言われた。
なんのことだかさっぱりわからなかった。
※※※
元魔王とは、祖父も交えて時々酒を飲むようになった。
「いいなぁ、いいなぁ、若いもんは……ハーレム作ってみたかった……みたかったよぉお~~い」
「いや、だから、それで奥さんに何回かフォークを刺されただろう、懲りろいい加減」
元魔王と祖父の会話を聞きながら、ちびちび酒を飲む。
若いころからハーレムが、とか言ってたのか元魔王。本当に懲りろ、と、思う。
「師匠~~、どうやればそんなにフラグを乱立させることができるんだ~~?」
酔っぱらった元魔王に、たびたびこうして絡まれる。絡み酒なのか、元魔王。
「お前みたいな弟子をとった覚えはないし、フラグとかもわけわからん」
「こういうにぶいところが女心をくすぐるのか~~? よし、鈍くなればいいのかいいんだな!?」
大分酒がまわっているようである。いつもとあまり変わらないような気もするが、とりあえず、水でも飲ませたほうが良いかな、と席を立つ。
「じいちゃん、水持ってくる」
「おう、頼む。おい、あんまり言ってると聞きつけた奥さんがまたフォーク投げに来るぞ」
「はぁーれむぅ~~」
フォークを刺したら止まるのか。今度やってみよう。
※※※
星と月の輝く空を見上げ、魔王を倒さずに済んだ勇者は思う。
「……平和で平穏な生活が、このまま続きますように」
各自の村の生活状態。ぽちを忘れていて後で書き足したのは君と僕の秘密だ!




