子育て勇者と魔王の子供・76
兄が、言った。
「あの娘さん、ほかの独身連中にも目をつけられてるみたいだぞ」
めちゃくちゃ美人だからなぁ、との言葉に、ユーヤは我知らず顔をひきつらせた。
美人なあの娘=イリアである。
同じようにイリックも村の独身女性に目をつけられつつあるらしい。
……なぜか、落ち着かない。
確かにイリアは美人だ。双子であるイリックも美形である。両親がどちらも整った顔なので、どちらに似ても美形であって不思議ではない。
外見大人な幼児だと言うことを、みんな忘れていないかと、ユーヤは思わず口を開いた。
「でも、あの子らはまだ四歳で」
「そうだなー。だから今すぐどうにかってわけじゃないらしいぞ。さすがにどうにかしちゃったら犯罪だし、あそこのお宅ってお父さんが確か魔族だろ? 怒らせたら怖そうだからな」
父親が元魔王だということを、この村の人間は知らない。しかし、魔族であることは知っている。
そのために愛娘や愛息にちょっかいをかけることはないようだ。
が。
「でもなぁ、将来有望だってわかっちゃったからなぁ」
と、兄は苦笑している。
双子のどちらとも、今は子供だけれども、いずれ必ず大人になる。
将来。今はまだ遠い未来。そのときに、イリアとイリックの横に立つ誰か。
誰か。
「………………」
黙り込んだユーヤに、兄はさらに苦笑する。
「まぁ、いますぐにどうにかってわけじゃないらしいけど」
もう一度そう言って、兄は牧場に戻って行った。
「やぁ、ユーヤくん」
義姉が、ほがらかに笑いかけてくる。今日は双子のためにお菓子を焼いてくれるらしい。台所からは良い匂いが漂ってくる。。義姉は料理が苦手だったのに、兄のために必死で覚えて、今はお菓子でも無理なく作れるようになったのだ。
「どうした、ここのところ表情が苦々しい。お義父さまもお義母さまもだーりんも心配しているぞ。もちろん、私も可愛い義弟を心配している」
お茶を差し出してそう言ってくれる義姉。この人も美人だ。祖父母の知り合いで、兄とは見合い結婚だったのだが、どうもその前から兄を知っていたらしく、猛烈な勢いで兄にアタックしていた、らしい。
必死なところが可愛くて、と、兄が照れ臭そうに話してくれたことを覚えている。
「あ、いえ、大丈夫です」
「大丈夫そうには見えないが。だからこうして話している」
真顔だ。義姉にまで何か心配されている。そんなに苦い顔をしているのだろうか。
「……自分でもよく分からなくて」
正直にそう口にした。何に戸惑い、何にいらだち、何に苦しんでいるのだろう。
「あの子らのことを可愛いと思っているんですよ。本当の弟妹みたいに。でも、姿だけが大きくなって……内面は変わらないのにどうしてこんなにうろたえているのか」
小さなころのイリアなら、ほっぺにキスをされても苦笑いですませた。
大きな姿のイリアには動揺してしまう。内面は同じなのに。
「まだ子供なのに」
「子供はすぐに大きくなるよ」
義姉は頬杖をついて微笑んでいる。
「すぐに大人になる。そうしたら、君の悩みは違う形になるのかな?」
「え」
「今は弟妹。しかし相手も大きくなったら、君はどうするのかな」
微笑んだまま、義姉は言う。
「これは私の『知り合い』の話だ。とてもとても年の差がある年の差夫婦の話だ。私の『知り合い』は、好きな相手が年頃になるまで待ったよ。待って待って、そうしてやっと相手を射止めた。年の差はとてもとてもあったけれども、愛してやまなかったから、好きでたまらなかったから、相手が大きくなるまで待ったよ。相手の心も体も大人になるまで、気長に待った……」
幸せそうに笑いながら、義姉は言う。
「君はその『知り合い』とは逆の立場だね。未来のことなど誰にもわからない。でも、ひとつ考えてご覧? 大人になった彼女の横に、君以外の誰かがいたら、どう思うか」
義姉は立ち上がった。
「私は答えは聞かないよ。すこし、想像してご覧」
そう言って、台所に入って行った。
未来。将来。
未定な予定。
だが、確実に来るもの……。
ユーヤはテーブルに突っ伏した。
「……ほかの、誰か……」
想像、できない。
いや、したくない、のか?
「…………ううう」
誰か。誰か。自分ではない、男。
「………………いやだ、な……」
想像だ。想像なのに、嫌だと思った。
思った瞬間に、背中に何か重たいものを背負った気がした。
「年の差もいいところだろ、俺……」
四歳児。彼女が美しく育つことはすでに確定している。育った彼女の横に、はたして自分は立てるのか。
ごりごりとテーブルになつきながら、勇者と呼ばれる青年は呻く。
「…………魔王を倒すたびのほうがまだ精神的に楽だった……」
彼にとっての大魔王は、どうやら彼女だったようである。
にやにや。




