閑話・シスコン賢者と教会の魔物(前)
多分、前・後編になりそうな感じなのでタイトルにもつけときます。
「ちょ、ちょっと待って、落ち着いて、ね? ワタシの可愛い子猫ちゃん、ちょっと落ち着いて。おかしいでしょ。つい昨日まであの変態勇者に恋してたじゃない。なのに、なんで?」
カリスはあわてた。可愛い可愛い可愛い(長文のため以下略)妹が、恋をしているのはなんとか理解した。勇者と称される青年に、本気で惚れたと言われたから、可愛い(以下略)妹のために、恋をかなえようと惚れ薬の開発に挑もうとしていたところに、冷めた、と言われたら。
しかも、もうすでに気になる相手ができた、とは。
その相手を自分と釣り合う外見に保つために、協力してほしいとお願いされたら。
「ね、ね、ね、かわいこちゃん。ちょっとオカシイでしょ? しかもアレよ、あなた。昨日までちびっ子だったオトコノコでしょ、あれ!?」
可愛(略)妹が、実は多情だったのか。こいつが駄目だったのなら次はアイツ、なんて切り替えの早い娘なのだろうか。いやいや。ワタシのか(略)がそんないい加減な娘のわけがない。これは絶対に何かがあったのだ。
「いーい? かわいこちゃん。しばらくワタシが原因を調べてくるから、早まるような真似はしないのよ?」
妹からのお願いは断りたくない。断りたくはないが、原因が異常だ。異常だと思う。
異常なこと――異常な真似をしそうな相手。
心当たりがあるとするならば。
「……アイツね……!」
脳裏にあるのは、魔物の姿。
目を吊り上げて外出した兄の背を見送り、オーラはポツリと呟いた。
「原因ならはっきりしているのよ、兄さん……」
重く息を吐いて、オーラはぎゅっと目をつぶる。胸の奥の小さく、鈍い痛み。
失恋の痛み。恋の女神に見放されたと言う実感と、告げる前に死んだ想い。
「恋の女神様って、残酷……」
次に紡がれた糸は、よりによって、イリック。
「あー……もう……!」
どうしたらいいのか。八つ当たり気味にイリックとイリアの外見を固定するために研究を、と思ったが、それが無茶な話だと言うことくらい、理解している。
それでも、今は。
※※※
日は暮れている。住民も家の中に戻って一家だんらんを楽しんでいる時間帯。カリスは肩をいからせて歩いている。目指す先は、教会。
あそこに住む魔物が、妹に何かしたに違いない。あの魔女が、勇者可愛さに妹によこしまな術をかけたのだ。退治するしかない。ユーヤにできないのなら、自分がやる。
まず、どうにかして教会からあの魔物をおびき出して――。
「あら、こんばんは」
教会のドアの前に、カゴを抱えたあの魔物がいた。
「このあいだは御免なさいね。私も言い過ぎたわ――って、なんでそんなに殺気立ってるの?」
きょとんとしている。わざとらしい、と、カリスは思った。そんな風に、この村の人間を騙しているのだ。あのお人よしの勇者をはじめとして。
「なんで? はっ、わざとらしいわね。ワタシの妹に何をしたのか、覚えてないわけ?」
「? ……ああ、そういうこと……君、本当に妹さんを大事にしてるのね」
『彼女』は苦笑する。カリスがなんのために来たのか理解したようだった。
「でも、怒る相手が違うわ」
苦笑いを浮かべたまま、『彼女』は言い切る。
「私は何もしていない。なにかしたのは、恋の女神ミミユよ。君の妹さんからユーヤくんへ伸びていた恋慕の糸を、女神が断ち切ったから」
あの日あの時あの瞬間、『彼女』もその場に立ち会った。女神の笑い声と共に、あの子の相手が決まった瞬間に。
「恋の女神が……!? 嘘をつきなさい、魔物にそんなことが分かるわけがないでしょ!?」
「分かるわよ。力の強い魔物ほど、神の力には敏感だもの」
「あんたが力の強い魔物とは思えないけど。小賢しく立ち回る卑怯な魔物でしょ。教会に入り込むなんて」
とげとげしく言い放つカリスに、『彼女』は軽く肩をすくめた。どこか駄々をこねる子供をなだめるような様子で、口を開く。
「君、賢者よね?」
「……そうよ」
「多種多様な知識を持った人よね?」
「そうよ。魔術も多種多様使えるわ。あんたを滅ぼせるくらいにはね」
「んー、ちょーっとだけ想像してみようか。魔物はふつう、神の場所を嫌うわよね? 弱い魔物なら神殿には近づけないわよね? 教会もまた同じよね?」
「……信心深さにもよるわよ。信仰が強ければ強いほどそこは清浄な場所になるのだから」
言いながら、カリスはローブのポケットに手を突っ込んでいる。そこには魔化されたアイテムが入っている。魔法を封じ込めた水晶。相手に投げつければごく小さな範囲で爆裂する。範囲が小さい分、威力は絶大だ。
「……逆もあるのよ?」
『彼女』は相変わらず警戒した様子もない。農作物の入ったカゴを手にしたまま、背の羽も広げようとしない。逃げる気もないようだ。
「逆……?」
「そ。魔物の力が強いから、教会でも平気……ってこと」
不意に――カリスの手の中から水晶の感触が消えた。気が付くと、『彼女』が水晶を手にしている。
「おっかない効果を封じてるのねぇ」
まぁこわい、小さく言って『彼女』は水晶を握り込んだ。爆砕音はしなかった。何の音もさせずに、水晶は砕け、破片が地面に落ちる。冷や汗が、カリスの背を流れ落ちた。
同時に感じる、氷の細片が胃の腑に流れ込んだような、悪寒。
ようやく、判断できた。この魔物の言っていることは本当だ。力の弱い魔物などではない。カリスが渾身の力で封じた魔法を、いともあっけなく壊してのけた。しかも、周囲に影響を及ぼすことなく!
「見た目で判断しないのよ、ボウヤ?」
妖艶に、『彼女』は笑う。緊張で乾き始めた口の中を感じながら、カリスは言葉を絞り出した。
「アンタの目的は……なに?」
「君の妹さんに興味はないわ。私はこの村で穏やかに暮らすことを望んでいるの。ああ、ユーヤくんに言っても意味はないわよ。私が平穏を望んでいることは、彼が一番よく知っているから」
「……アイツもグルってこと?」
「違うわ。彼は私がこの村に、この教会に居たい理由を知っているってだけ。理解してくれただけ……優しく見守ってくれているだけ」
弟のような青年への深い……深い感謝を瞳に宿し、『彼女』は言う。
「莫迦な理由よ。本当に、どうしようもない、愚かな理由……」
「魔物が……何を。刺し違えてアンタを殺すこともできるのよ!?」
そうだ、この身のすべてを魔力に変えて、この魔物を巻き添えにしてしまえばいい。そうすれば妹への得体のしれない術も効果を失うかもしれない。
可愛いあの子のためならば、我が身など惜しくはない。
カリスのあがきを、『彼女』は悲しそうに蹴り飛ばした。
「無駄なことだから、よしなさい。そもそも、君の妹さんに私は何もしていないから、私をどうにかしても無駄。それ以前に、君に私は倒せないから、さらに無駄」
「っ……賢者を馬鹿にしないでよね……!」
「してないわ。でも君には無理」
断言。残酷なまでに『彼女』は言い切る。賢者であるカリスにはできない、と。
「アンタねぇ……!」
激昂しかかるカリスに、
「賢者に魔王は倒せない。魔王を倒せるのは勇者だけ。私の勇者は君じゃない」
『彼女』はいっそう悲しげに、告げた。
「私は魔王。勇者に殺されなかった、最初の魔王。私の名は愚かな魔王・ニドヘグ……」
ええ、実はね、ずっと前の時代の魔王だったのです『彼女』。




