子育て勇者と魔王の子供・69
ぽちを踏み台にして父の秘密の部屋に入った双子は、掃除用具を手に掃除の真っ最中であった。目的は父の持っている本を読むことだったはずだが、長年放置していたため、ホコリがすごかった。双子は一時的に目的を変更。花嫁・花婿修業も兼ねて掃除することにしたのだった。
「イリアー、これなんだろ?」
「おとーさんのへやはやっぱりへんなものばかりですね。おそうじたいへんです。しかし、これもはなよめしゅぎょう。がんばっておそうじです」
ハタキを手にして精一杯背伸びをし、イリアは棚のホコリを払っている。むろん、踏み台はぽちだ。イリアを落とさないように一生懸命踏ん張っているぽちは、どこか恍惚としている。
イリックは本棚に向かってハタキを振ろうとして、ふと、一冊の本を手に取った。
「なんかはだかのねえちゃんがのってるほんがあるぞ」
「すてましょう」
イリア、一刀両断。イリックは素直に本を部屋の外に放り投げた。後でまとめて捨てるつもりだ。
「こっちはなんかへんなかっこうのねえちゃんだ。なんだこれ? むち? むちもってるねえちゃんがおっさんをなぐってる」
「すてましょう」
「とーちゃん、へんなほんよんでるなぁ」
次々と父のコレクションを部屋の外に放り投げていく双子である。現在ベッドで唸っている父が知ったら、そのままショックで死んでしまうかもしれない勢いだ。
「イリック、ほんはきりがないのであとにしましょう。というか、あとでやきはらったほうがはやいきがしてきました。あんまりべんきょうになりそうなほん、ないみたいですし」
父が号泣しそうな決断を下し、双子は棚に向き直った。
「だな。たなのほこりからおっことそう。がんばってそうじしたら、にーちゃんほめてくれるよな!」
「ぜったいほめてくれます! がんばるのです! さ、ぽち、ふみだいになるです」
「は、姫、王子」
双子を背中に、ぽちは嬉しそうにしている。
「うごくなよ。おれたちおとしたらすみにするぞ」
「いいことおもいつきました。ぽちをこおりづけにして、たいらなだいにしたらあぶなくないです。ついでにかいだんみたいなこおりにしたら、もっとあぶなくないです」
「おお! いいかんがえ!」
相変わらず、ぽちに人権……魔物権はない。
※※※
教会に向かって歩いていたユーヤの視界に、オーラと『彼女』の姿が見えた。
オーラが『彼女』に向かってひたすら頭を下げている。なんだ、この状況。
「やぁ、おはよう」
「あら、おはよう」
呼びかけると、彼女はこちらに笑顔で挨拶をしてくれた。
「あ、ユーヤさん……おはようございます」
オーラは元気がない。昨日カリスと消えてから一体何があったのか。
「どうかした? なんでオーラが謝ってるんだ?」
「あ、あのですね……その」
オーラは言いずらそうに言葉を濁す。彼女が苦笑して説明してくれた。
「あのね、昨日、この子と、この子のお兄さんが話しているところに偶然通りがかったんだけど、そのときにちょっとだけお兄さんに文句を言われたの」
「……文句?」
ユーヤのつぶやきにオーラが縮こまる。
「うん、まぁ、ね。ほら、私、魔物でしょ? 見た目でわかるじゃない。翼生えてるし、しっぽあるし」
スカートの下から生えている細い尻尾をゆらゆらさせる『彼女』である。翼はたたんでいるため、ほとんど圧迫感はないのだが、まぁ、知らない人間が見たら驚くだろう。
驚かないこの村の住人がのんきなだけだ。
「びっくりしたみたいなのよねー、彼。なんで魔物が村の中に!? って」
「あー……」
襲われると思ったのか。そう言えば、村に訪れたカリスになにか説明するヒマもなかった。すぐにオーラが連れて行ってしまったためである。間が悪かった。
ユーヤは幼いころから『彼女』を知っているし、双子の世話もしていたし、もと魔王の看病までしてしまっているくらいのものだから、魔物だからといってどうこうする気もない。
生まれや種族で差別や区別をするくらいなら、あの淫魔シヴィーラも王妃になる前に退治していた。
オーラがまた、『彼女』に頭を下げる。
「本当にすみません……兄、頭が固くて……その、私のことを可愛がってくれているあまりに、周りが見えないことも多々あって……」
どうやら兄の態度を謝りに来ていたらしい。オーラも双子と旅をして、魔物だからと差別をしない考え方をする。『彼女』を嫌っていたり恐れている様子もなかった。
「あ、そこだけはすごいと思ったわよ? お兄さん、あなたをしっかりかばってたもの。それなりに戦う自信もあるのね」
ほほえましい、と、『彼女』は笑っている。賢者兄妹に怒ってはいないようだ。
「で、キミはどうしたの?」
こちらを向いて不思議そうな『彼女』に、ユーヤは苦笑。
「うん、勇者なら退治しろって怒鳴られた」
「あー……」
ソレで来たのか、と、納得した様子。ユーヤに『彼女』を退治する気は毛頭ない。向こうもそれをわかっているのか、ユーヤと同じような表情で苦笑いを浮かべた。
「なんか因縁つけられたって言い張ってたけど、何かあった?」
『彼女』はちらりとオーラを見た。視線を受けたオーラは何故か一瞬で真っ赤になった。
「別にー。私は因縁つけたつもりはないんだけどねーえ?」
「あうう……」
「うふふふ」
非常に楽しそうになる『彼女』に、オーラがうめく。
「? 何があったんだ??」
「ええ、ちょっとねーえ? 言ってもいいかしらー?」
「あああああああ! あのその!」
あわてるオーラに、楽しそうな『彼女』だ。仲が良いなぁと思ったユーヤである。姉妹のようだ。
「うふふ。この子と彼、キミの話をしてたのよ。彼、キミのことが気に入らないのね。なんだかすごーくキミのことをいい加減な男と思ってるみたいなセリフが聞こえてきたから、つい、そんな子じゃないわよって割って入っちゃったの」
「あうううう……」
オーラは耳まで赤い。一体どんな話をしていたのか。
「まぁ、ちょっと口論しちゃったのよね」
「え、俺のことで?」
「うん、まぁ、そう。弟みたいな子のこと悪く言われて私もついカッとなっちゃって。それで彼、機嫌を損ねてこの子を連れて行っちゃったのよ。で、今、妹さんがその態度を誤ってくれてたわけ。でもね、彼だけが悪いわけじゃないから。私もカッとなって言い過ぎたかも」
一体何を言ったのか。ユーヤのことでカリスと喧嘩になったのなら、ユーヤにも責任がある気がしてきた。
「どんなこと言ったんだよ?」
「うん? えー? 聞きたい?」
にやにやしている。心底から楽しそうだ。
「……いや、気になるし」
「教えなぁい」
楽しそうだ。
「おねえちゃんが可愛い弟を褒めただ・け」
「だからその内容を聞きたいんだけど」
「褒めただ・け」
なんだか怖くなってきた。カリス、一体何を聞いたんだ。
にこにこしている『彼女』と、真っ赤になってうつむいているオーラとを目の前にして、ユーヤはひたすら困惑していた。
いろんなものをお掃除双子。父号泣。
そして、シスコン賢者VSブラコン魔物?(笑)




