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子育て勇者と魔王の子供  作者: マオ
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子育て勇者と魔王の子供・68

 朝、イリアは宣言した。

「イリック、あのですね、わたしはこれからはなよめしゅぎょうをしようとおもいます」

「はなよめしゅぎょうか! むずかしそうだなー、イリアすげーな」

「それでですね、おとーさんのひみつのおへやにはいろうとおもうのです」

「とーちゃんの? おれたちはいっちゃだめってかーちゃんにもいわれてるぞ?」

「だいじょうぶです。いまのわたしたちにはじがよめます。むずかしいじもよめます」

「?? べんきょうしてるから、よめるよな。でも、なにすんだ?」

 イリアはイリックに内緒の話をこそこそと耳打ちする。

 双子の後ろで、耳の良いぽちが口元をひきつらせた。内緒の話もしっかりと聞いてしまったらしい。

「……姫、それは……僭越ながら、吾輩、ご母堂様に申し上げたほうがよろしいかと愚考いたしますが」

「ぽちはだまってろ。おすわり」

「ぽちはだまってなさい。ふせです」

「はい」

 すちゃっと床に伏せるぽちには構わず、双子は父の秘密の部屋に目をやった。固く扉は閉まっているが、鍵はかかっていない。何故ならば、双子の手が届かない位置にノブがあるからである。この部屋の扉だけ、ノブが天井近くにあるのだった。

「あれ、どーやってあける?」

「ひさくがあります。いすをつかうのです!」

「おー、そっか! おれたちおっきくなったから、いすもおしてもってけるもんな! あとはぽちをしたじきにすればいい!」

「イリック、ないすあいであです! ぽちをしたじきにしましょう!」

 今日も、ぽちの扱いは定位置であった。


 ※※※


「ちょっとユーヤ! あんた一応勇者でしょ!? アレを放っておくってどういうこと!?」

 朝一番で駆け込んできたのはシスコン賢者カリスだった。確かしばらくオーラと一緒に祖父母の家に泊めてもらうことになっていたはずだ。

 オーラとどんな話をしたのか、ユーヤは知らない。結局昨日一日兄妹には会わなかったのだ。それどころではなかった、というのもある。イリアとのちゅうで死の化身である母親に詰め寄られ、イリックにまで「イリアとけっこん! けっこん! おれもにーちゃんときょうだい!」とはやし立てられ、ぽちには唸られたので脳天にチョップして黙らせた昨日。寝込みたかった昨日。ぐったりと帰宅して、倒れるように眠った心労深かった昨日。

 そんな昨日一日、賢者兄妹に何があったのか。

「アレってなんだ?」

 もうカリスの言葉遣いには突っ込まない。そのくらいのことどうでもいいじゃないか。幼女に迫られて、死の化身が笑顔のままゴリ押ししようとして、心底から疲れたのだ

「アレはアレよ! なんなのこの村!? 教会に魔物の女が棲みついてるってヤバいじゃないの!! なんであんた退治しないのよ!?」

 ……カリスは、彼女に会ったのだ。

「……カリス。彼女と何かあったのか?」

 教会にいる彼女。神父のことを愛し、気遣い、今もなお傍にいることを選んでいる、魔物。

「なにもこうもないわよ。因縁つけられたわ」

「因縁?」

 彼女が? 村の人ともすぐに打ち解け、もうずっと長いこと平穏に暮らして、すっかりなじんでいる彼女が、カリスに因縁を付けた?


 ユーヤは正直に困惑した。彼女が魔物らしい行動を起こすところが全く想像できない。

「どんな」

「どんなって……とにかく因縁よ! なにあの女! 魔物のくせに!」

「カリス」

 ぽん、と、彼の肩を叩く。

「詳しい話は知らないが、彼女はもうずっと前からこの村に住んでいるよ。俺が勇者って呼ばれる前から、ずっと一緒にこの村で暮らしている、村の住人だ」

 確かに彼女は魔物だ。だが、敵対すべき存在ではない。優しくもろい、普通の女性だ。

 少なくとも、ユーヤはをそれを知っている。彼女が、誰かを愛することができるひとだと知っている。

「いやでも、魔物よ!?」

「そうだよ。でも、村の人は彼女を受け入れているし、あのひとも村の生活になじんでいる」

「魔物よ?!」

「そうだよ。カリス、彼女は君に何を言ったんだ? 俺は彼女を良く知っている。魔物だけど、俺たちと変わらないと思ってる」

 笑い、喜び、泣いて、隣人を友とし、愛する人を想う。

 彼女が、ひとに害意を持って接すると思えない。


「……因縁つけてきたのよ」

 カリスは言い張る。頑固だ。これが一般人の反応だと知ってはいるが、悲しくなる。

「なんでアンタかばうのよ? いくら村の住人だって、魔物よ?」

「んー……姉、みたいなものだからな」

 カリスはうさんくさげにこちらを見ている。

「アンタ、ワタシの可愛い子猫ちゃんを連れまわしておいて、現地妻に魔物の女を置いてたわけ?」

「なんでそうなるっ!? 姉みたいなものだって今言ったぞ!?」

 何を捻じ曲げてそうなるのだ。めまいを感じたユーヤである。

「かばいすぎでしょ!! なに!? アンタ女と見たら口説いて庇ってモノにしちゃうわけ!? このタラシ!! 女の敵!! 魔物にまで手を出すなんて限度もないわね!」

「だから違うっ! 人聞きの悪いことを言わないでくれ!」

 何故こんな扱いを受けるのだろう。近所の人に聞かれたら、非常にきまずい。彼女にも悪いではないか。この誤解を解くには、特定できる情報は出さずに、少しだけ説明するしかあるまい。

 ユーヤは頭痛を感じつつ、カリスに小声で言った。

「あのな、彼女と俺は本当に姉弟みたいなものだよ。証拠というかなんというか、彼女にはちゃんと好きな男がいるから。もちろん、俺じゃない男」

「……なにあの魔物。魔物のくせに好きな男いるわけ」

 カリスは面白くなさそうな表情で言う。ただ、魔物というだけで嫌悪感を抱いているようだった。

 ユーヤは軽くため息をついた。これは、誤解を解くには骨が折れそうだ。

 というか、彼女に話を聞くほうが早い気がしてきた。


 カリスはまだ不満げにブツブツ言っている。放っておいたら彼女を攻撃しそうだ。オネエ言葉を駆使していても、曲がりなりにも賢者なのである。魔法の使い手なのだ。彼女ひとりを殺すくらい、簡単だろう。そんなことをこの平和な村で起こしてほしくない。

「あー……カリス? 俺、彼女にも話を聞いてくるから、少し落ち着いてくれ」

「聞く必要なんてないわよ。退治すればいいでしょ」

「安易に命を奪うような真似はしたくない」

「それ、勇者のセリフ?」

「魔王城にまで突入した勇者のセリフだよ。たくさんの魔物をこの手で殺してきた勇者の、ね」

「……」

 カリスは黙った。ユーヤの悲しげな笑顔に言葉を失ったのだ。


 カリスを残して、ユーヤは教会に向かった。今頃の時間帯なら、教会の掃除をしているころだろうか。

 さて、彼女とカリスに一体何があったのだろう。

 できうることなら……いや、何が何でも、穏便に済ませる。

 仲間であるカリスと、村の住人である彼女。

 どちらも、傷ついてほしくなどないのだから。


微妙な不穏。

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