子育て勇者と魔王の子供・65
「ちょっと兄さん、こっちに来て! あ、ユーヤさんおはようございます! でも今はまた後で!」
顔を赤くしたオーラが、カリスを引っ張ってどこかへ行ってしまった。
何が起こったのかよく分からないが、兄妹の再開に水を差すつもりもないので、そっとしておこうと思ったユーヤである。
妹に会って激変したカリスの言動と態度に、思考がついて行かなかった、というのもある。
「……えーと……川、行こうか」
その場でポツンと待っていてもしょうがないので、双子と川遊びをしようと思いなおした。
いったん実家で釣りの道具を借り、それから川へ。
子供の足でも膝くらいまでしかないところを選び、そこでイリックを遊ばせる。イリアには釣竿を渡し、少しだけ深い場所で魚釣り。イリックもイリアも、何かあってもユーヤが飛んで行ける距離だ。
「おー! にーちゃん、さかな! ちいさいさかながいる!」
「王子! 吾輩が獲って見せましょう!」
「よけいなことしなくていいよぽち。おれ、さかなみてるだけだぞ」
「は、失礼をいたしました! では王子のところまで魚を追い詰めて見せましょう!」
「うるさいなー。あっちいけ」
音がしたら魚が逃げると思ったのか、無音でぽちは風に吹き上げられて、村の外へと落ちて行った。
まぁ、そのうち戻ってくるだろう。いつものことだ。
「おにーさん、ひいてます!」
「お、じゃあまずはゆっくりと動かして、様子を見てから引っ張り上げてみようか」
少ししてから、イリアは小さな魚を釣り上げた。
「つれました! でもちいさいです……」
「まだ子供の魚だね。逃がしてあげようか」
小魚だ。うまいこと針に傷もつけられていないようだし、ここは逃がしたほうが良い。イリアはきょとんとこちらを見上げてきた。
「にがすですか? たべられないですか」
「小さいからね。逃がしてあげよう」
「わかりました。にがします。こどものさかな、はりをたべちゃいけないです。またつりますよ。つぎはたべますよー、だから針を食べちゃいけません」
小魚にそう言い聞かせて逃がすイリアである。彼女なりに小魚を気遣っているのだろう。
その気遣いは、なぜかぽちには向かないのだが。
「お、楽しそうだな」
遊んでいたら、祖父が通りがかった。これから畑に行くのか、畑用の道具一式を持っている。結構な年齢なのに、まだまだ現役だ。元気なのは正直嬉しい。
「あ、おにーさんのおじいさんです、おはようございます!」
「おはよー、にーちゃんのじいちゃん!」
元気いっぱいにあいさつする双子に、祖父は目じりのしわを深くして微笑んだ。
「ああ、おはよう。元気だな。良いことだ。たくさん遊んでおきなさい」
「はい!」
「うん!」
双子は仲良く良いお返事。可愛い。
「おにーさん、えさつけてください。うにょうにょむし、きもちわるくてさわれないです」
イリアの申し出に、その辺で見つけたミミズをつけてやる。イリックは水を跳ね上げて今度は水面を漂っている虫を追いかけはじめた。
双子から目を離さないようにしながら、ユーヤは祖父に話しかける。
「じいちゃん、ちょっと良いかな」
「ん? どうした」
孫の様子に何かを感じ取ったのか、祖父は道具を地面に置いて、ユーヤの横にしゃがみ込んだ。
「あのさ、じいちゃんって、ばあちゃんとカケオチしたんだよな?」
「ああ、そうだ。お前と同じ年頃だったか。若かったもんだ。後悔はしていないがな」
祖父は笑っている。祖母とのことは、本当に後悔はないのだろう。ユーヤから見ても、祖父母は仲睦まじい。うらやましくなるほどに、仲が良い。
「……人を好きになるって、どういう感じなのかな」
ユーヤにはまだ、そこがよく分からない。教会の彼女のことを思い出す。神父のことを好きな彼女。
ユーヤの周囲の女性たちを思い出す。兄が言っていた……彼女たちはユーヤのことを好いている、と。
「お、なんだ? 気になる女性でもできたのか」
祖父の言葉に首を振る。
「いや、そういうわけじゃなくて……あー、兄ちゃんがさ、俺のこと好きな女性がいるって……」
「…………ふむ」
祖父は少し考え込んで、顎を撫で――それから話し始めた。
「……じいちゃんの場合は、だ。ばあちゃんのことしか考えられなかった。ばあちゃんがな、他の誰かを好きになったり、他の誰かと結婚したりなんてしたら、我慢できないと思った。
ましてな、ばあちゃんはちょっと特殊な状況にいたから、のんびりしてたらばあちゃんと二度と会えなくなるところだった。急がなきゃならんかった。どうしても、ばあちゃんと離れたくなかったんだ。
結局は、一緒に来るかどうするかは、ばあちゃんの判断に任せた。じいちゃん一人の問題じゃなかったからなぁ。でも、ばあちゃんは来てくれた。じいちゃんと同じ気持ちだったからだ」
人生の年輪を刻んだ顔で、祖父は幸せそうに笑っている。
「死が二人を分かつまで、とは言わんが、一緒に時間を過ごす相手がいることは幸せだぞ。じいちゃんは天涯孤独だったからなおさらそう思う。大好きな人と家庭を築くことができて、家族もどんどん増えたからな」
言って、祖父はユーヤの肩をたたいた。
「が、これはじいちゃんの場合だ。お前とは状況が違う。じいちゃんはお前じゃない。お前もじいちゃんじゃない。相手も気持ちも状況も全部が違う」
ぽんぽんと優しく肩を叩いて。
「娘さん方がお前を好いていると言うが、誰かから直接告白でもされたか?」
「え、いや……そうじゃない、けど」
「なら、お前がどうこうすることはない。何もできないだろう? お前が誰かを好いていると言うのならともかく、娘さんたちの片想いで、しかも何も言ってこないのなら、お前に何かできることはないよ。恋愛は一人じゃできない。結婚も一人じゃできない。相手あってのことだ。独りよがりの行動も言動も、寂しくなるだけで、何の実りもないよ。誤解を招くこともある。今の状態では、お前が相手を好いているとかでもない限り、何もしないほうが良かろう」
「う……でも、いいのかな?」
「逆に訊くが、何かできるか?」
「…………」
思いつかない。どうしたらいいのか。どうしたいのか。彼女たちのことは仲間か村の知り合い、あるいは幼なじみとしか思っていない。
「考えるなとは言わんよ。が、焦ることもない。娘さん方が何か言ってきたら、そのままお前の気持ちを話しなさい。それでどうしようもなくなったら、じいちゃんがなんとかしてやる」
ぽん、と、ユーヤの頭を叩いて、祖父は立ち上がった。
「さ、じいちゃんはこれから畑仕事だ。午後からヒマなら、手伝ってくれるとありがたい」
「あ、うん」
双子に畑のことを見せてあげるのも良い。そう思った。
「じいちゃん」
「ん?」
「ありがとう」
祖父はにやりと笑って、そのまま立ち去った。
ユーヤはそのまま地面に寝転んだ。少し心が軽くなった気が、する。
兄が言っていたこと。祖父が言ってくれたこと。どちらもユーヤを思って言ってくれたことだ。
家族って、ありがたいな、と、思った。
もし、将来、ユーヤが誰かを見つけて、その誰かと家庭を築いたら、祖父や兄のような家庭を作りたい。そう、思った。
じいちゃん、年の功?




