子育て勇者と魔王の子供・64.5
――時間は少しさかのぼる。
「やぁ、カリス。久しぶりだね。古代魔術の研究ははかどっているか?」
たまたま研究院に顔を出した賢者・カリスに声をかけたのは、顧問の高名な魔術師だった。
「いえいえ。最近はあまり……ちょっとプライベートで気になることがありまして。実は妹からの手紙がなかなか届かなく……心配しているところなのですよ」
以前は一月に一度届いていた手紙が、ここのところ届かない。常に持ち歩いている、妹に何かあったら反応する水晶に反応がないので、病気やけがをしているわけではないのだ。
ほかに何か理由があるのだろうか。付与魔術の研究が上手くいっていないのだろうか。何せ付与魔術は金がかかる。パトロンが見つからなければ進まない研究だ。以前、妹は旅の仲間である勇者をカネヅルとしてみつけていたが、あの男はその後そのまま旅に出たから、今はカネヅル……もとい、パトロンがいないはず。研究に行き詰ったらいつでも戻って来なさいと言ってあるが……意地っ張りな妹だ。意地を張っているのかもしれない。
「年ごろの娘ですからね。何かあったら大変です」
「ああ、そうか。君の妹さんは、確かオーラという名だったな」
「ええ。そうです。とてもかわいいんですよ。頭も良くて、器量も良くて、ちょっと意地っ張りですがしっかり者ですし。変な虫がつかないように気を使っています」
そのまま小一時間ほど妹の可愛さを伝えようと思ったが、顧問の魔術師は涼しい顔で言ったのだ。
「妹さんはこの間まで研究院に顔を出していたぞ」
「…………は?」
男前な性格と言動と行動でも有名な女魔術師は、晴れやかな笑顔でカリスに言ったのだ。
「さすが君の妹さんだ。付与魔術の腕前がとんでもなく良い。そのまま研究員にスカウトしたかったのだが、どうも彼女はツレの青年に恋心を抱いているようだな。今は彼の面倒を見ないと、と、断られた」
「っ!?」
どがらごーん。脳に稲妻が直撃した気がするカリスである。
可愛くてかわいくて仕方がない妹に、悪い虫がついていた。
しかもなんだ、そいつの面倒を見なくてはならないと言うのはアレか。もしかしてどうしようもないぐうたら男で、いわゆるソレか、ヒモとかいうやつなのか。
「い、妹はっ!? いもうとはどこなの!?」
思わず顧問に身を乗り出して叫ぶ。彼女は動揺もなく落ち着いた様子で言い切った。
「うむ。先日、彼の田舎に一緒に帰ったようだが」
「のおぉおおおぉおおおお!!!!」
なんてことだ。すでにそこまで話が進んでいると言うのか。
「そいつは、その男はどういう男でどんな素性の男なの!? 天誅、いや人誅というかこの手で滅ぼさなくちゃいけないわ……っ、ワタシの可愛いオーラが毒牙にかかる前にその男をこの世から消し去るのよ……!」
動揺しまくって素が出ているカリスは気付いていなかった。一瞬、顧問が楽しそうに笑みを浮かべてすぐ消したことを。してやったりと言わんばかりの笑みに、気付かなかった。
「いや実はだな、その青年は……」
カリスは知った。妹のカネヅルとしか思っていなかった勇者と呼ばれる青年が、妹の相手だということを。
※※※
「……顧問。わざとですね?」
研究院の教授が、困った人だと言いたげに苦笑している。
「カリス、素が出ていましたよ」
「ああ、動揺していたな」
にやりと笑う顧問である。偉大なる賢者カリス、多種多様な魔法を使いこなす彼だが、素は可愛いものを愛し、お茶やお菓子が大好きなオトメ……というかそんな性格である。
いつもは取り繕って普通の男性のような喋り方をするが、動揺するか家族や気を許した人を前にすると素が出る。
性質的には男なのだが、女系家族の中で育っており、染みついた言動や好みが未だに抜けない、らしい。特に、可愛がっている妹のことになると動揺しやすい男だ。
「うむ。相変わらず面白いな、彼は」
「遊ばないであげてくださいよ……勇者の彼にも気の毒じゃないですか」
事情を知っている教授は、ため息交じりである。
「なに、どうせ詳しい事情は向こうに行けばわかることだ。勇者も何度か魔法を食らって死ぬタマでもない。周囲には実力者がそろっているし……可愛い妹も止めるだろう。なにせ彼女は勇者に惚れているのだし」
「……それはそうでしょうけども……片想いの相手に兄がちょっかいかけると、彼女のほうも困るでしょう」
「それだから面白いのじゃないか」
性格悪いぞこの人。いや知っていたけれど、と、教授は思った。
「人の恋路は楽しい。こんがらがっているのならなおさらだ」
「……こんがらがっている原因は勇者本人ではないような気がしますよ」
城にいたときだって、こんがらがっていた。主に、姫とか姫とか王妃とか王妃とか。あと、手作りの毒物を作り出す賢者の卵とか。
勇者の彼は普通に子育てをしていただけである。内庭で子供たちに絵本を読み聞かせているところなど、見かけてはほのぼのと温かい気持ちになったものだ。
ぽちが空を物理的に飛んでいるのすら、日常になりつつあったというのに。
「……私、実はあの勇者と子供たち見守るの好きだったんですけどねぇ……」
教授は少しだけ寂しい気持ちになっている。息子と孫を見守る気分で見ていたのだが、ある日突然彼らは姿を消した。顧問から理由を聞いたとき、この愉快犯どもめ! と、叫びたかったくらいには、勇者たちが好きだった。
「そういう意見は多かったな。誰にでも好かれる男だ、あいつは」
「ですから、勇者なのでは?」
「……そうかもしれん」
顧問は少し笑い、教授の肩をたたいた。
「なんなら実家の場所を教えるが。会いに行くか?」
「いいですよ。直接本人と面識はありませんから。こっそり見守っていたかったんで」
「……ファンクラブでも作れば会員が多そうだな」
「クラブ名は『勇者の子育てを応援し隊』ですかね」
「うむ」
笑いながら、顧問と教授は研究室に向かった。
火種を放っておいたまま。
「……ふ、ふふふふ……待ってなさい、ユーヤ……ワタシの可愛いオーラをたぶらかした罪……言い訳があるのなら今のうちに考えておくのね……!」
――そして、時間は元に戻る。
火種を作るのが楽しいらしい顧問です。愉快犯が多いな、この世界(笑)




