子育て勇者と魔王の子供・62
「……ユーヤさん、わたし、私……あなたのことが……ずっと前から……好きです!」
「……お、オーラ……」
「最初にあなたと旅をしてから、ずっとあなたのことが好きでした!」
「……」
「私のこと……嫌いですか……?」
「! そ、そんなことない!」
「本当ですか!? じゃ、じゃあ」
「……え、と、あの……嬉しい、よ。こんな俺で良ければ」
「ユーヤさん……!」
という流れになってほしかった。
木から未だに降りることができないオーラは、遠い目で考える。
イリアからの宣戦布告、あれはどうやら本気も本気だったようである。今まではオーラがいても、双子が実力行使をしてくることは滅多になかった。
土に埋められかかったのは、シヴィーラが絡んできたときくらいである。
基本的に、魔王の子供だからと言って、傍若無人ではないのだ。子供だからなのか、それともユーヤの教育のたまものなのか。何度も思ったが、あの子供たちを可愛いと思うユーヤはすごい。
「……負けない……私、負けないわよ……!」
呻いて、オーラは次の木の枝に手を伸ばした。まずこの木から降りないとどうにもならない。どうにかしてユーヤと二人きりの状況を作って、なんとか告白しなくては。
「きゃああああ!」
オーラの下から悲鳴が聞こえてきた。ミリーナが木から落ちたようである。
……敵は、双子だけではない。ユーヤの周囲の女性陣の目もかいくぐらなくてはならないのだ。
前途多難である。
一方その頃。
昼食をとってから、ユーヤは祖父母宅を訪れていた。祖父母は畑仕事で不在だったけれども、用があるのは祖父母ではなく、昨夜娘に氷づけにされた元魔王のほうなので問題はない。
……元魔王は、玄関先でぶっ倒れていた。氷からは自力で脱出したようだ。が、何故倒れているのだろう。
「……し、死ぬ……」
呻いている。確かに今にも力尽きそうだ。
「……ええと」
何がどうしてこうなった。眉を寄せるユーヤの手を、イリックが引っ張る。
「にーちゃん。とーちゃんはびょうじゃくなんだ。たぶん、きのうイリアがこおらせたから、いまものすげーねつだしてんだとおもう」
「ああ……そう言えば魔王のくせに病弱なんだったっけか……」
どうしよう。この病弱元魔王。祖父母は留守だし、とりあえずお隣に運べばいいのか。
「えーと。歩けるか?」
「げっほごほがほ。死ぬ……死んでしまう……ううう」
「おーい」
どうも、熱が高すぎて意識がはっきりしない様子。これはヤバイ。また死ぬかもしれない。いや別に死んでもいいような気がするが、せっかく双子と再会したのだし、やはり少しは気を使ってやるべきだろう。
しょうがない、と、ユーヤは元魔王を肩に担ぎあげた。
「うぉえええ。吐く……吐く……」
腹を圧迫された元魔王がさらに呻く。ユーヤは顔をしかめた。肩で嘔吐されたくない。
「やめろ。吐いたら落とすぞ」
一応そう告げて、歩き出した。両隣に双子が、背後にぽちがついてくる。
「こら勇者、もっと魔王様を丁重に扱わんか! 荷物扱いするでないわ!」
「いや、おぶったら背中で吐きそうだし。かといって抱きかかえていくのは生理的に嫌だから」
なんでおっさんを大事に抱きかかえていかなくてはいかんのだ。冗談ではない。
「ひきずってもいいですよ、おにーさん」
「だいじょうぶだよ、とーちゃんしんでもかーちゃんがなんとかしてくれるから」
双子は、ドライだ。
隣家の夫婦の部屋に高熱を出して呻く元魔王を寝かせ、次にすること。
「……水汲んでくるか……」
元魔王の看病。
勇者が。
「男のゆめぇ……はーれむ……ううう……し、ししょぉお……」
熱に浮かされて訳の分からないことを呻いている元魔王。これ放っておいたほうが良いんじゃないかという気がしてきたが、まぁ、同じ村の住人だ。双子の父でもあるのだし、一応、看病してやろう。
「イリア、お父さんの看病をしてあげよう。ええと、器に水を汲んで氷を入れて、タオルを浸しておでこに置いてあげようか」
「え、かんびょうするですか? ……かんびょうするですか」
ジト目で父親を見ているのは何故なのだろう。確かに褒められた親ではない気もするが。
「まあ、一応はさ、君たちの親だから」
「おにーさん、やさしいです」
「にーちゃんやさしいな! さっすがゆうしゃ!」
双子に言われてユーヤは苦笑い。
勇者って、確か魔王を倒した人に与えられる称号ではなかっただろうか。
俺、魔王を倒すために勇者を目指して、いつの間にか勇者って呼ばれるようになったんだけれど。
なんで今、熱出して寝込んでいる魔王の看病する羽目になっているのだろう。
タオルをしぼりながら、なんとなく遠い目になったユーヤだ。
「……魔族……なんだよな? ええと……薬草とか効果あるのかな……雑貨屋で滋養強壮の薬草扱ってたよな……」
風邪薬なんて高価なものは、こんな田舎では扱っていない。まずは栄養を取って寝る、それが病気を治す基本だ。もっとも、この元魔王は基礎体力もなさそうだけれども。
「……教育のことに関して説教するヒマ、なさそうだなぁ……」
それだけは、理解できた。
常に状態異常:瀕死なもと魔王です。




