閑話・一日経ったお城の人たち
「……そういうわけで実家に送還しました」
大神官からの報告に、王は唸った。お気に入りの青年はやはりわけありだったのだ。人格実力共に勇者というのにふさわしい青年だったが、部下にするには縁がなかったようである。
連れていた子供たちが何者なのか、大神官は説明しない。ただ、勇者も子供たちも城には戻ってこないだろうということだけは告げてある。
「……分かった。いろいろと事情もあるからの。ただなぁ……」
と、王は大神官を手招きする。
「なんでございましょう?」
近寄った大神官に、王はこそっと言った。
「あの魔物だけ戻せんか?」
「魔物? ああ、あの獣型の……何故です? 魔物ですよ?」
ぽちと名付けられて、王城でもペット扱いされていたけれども、アレは立派な魔物である。王妃が魔物であるこの城で言うのも今更なのだが。
「いや、アレがいるとホレ、妻と姫のいい八つ当たりになるからの」
「ああ、なるほど」
魔物の王妃と、いろんな意味でおっかない姫君。両者のいいストレス解消相手だから、と王。
「そうですねぇ……あの魔物だけは飛ばさないほうが良かったかもしれませんねぇ……でもほら、子供たちのペットですから。やはり飼い主の意向を無視してしまうわけにも」
魔物、完璧にペット扱い。
王はちょっと食い下がる。
「あの子らも可愛がっとるわけではなかろ? 空を飛ばされておるのは何度か見たぞ。午後の毛並みは必ず焦げとったしな」
「あれも一種の触れ合いなのでしょう。多分」
テキトーに適当なことを言う大神官である。王は少し首をかしげた。
「コンタクトは取れるんじゃろ? 訊いてみてくれんか? 譲ってもらえるかどうか」
「はぁ……あまり期待なさらないでくださいよ」
「うむ。期待はせん。しかし、可能ならば譲り受けたい。ホレ、小屋もそのままだしの。崩すのは作った者たちに悪い気がしてのぅ。かといって、何に使えばいいのやら」
ぽち専用小屋。巨大である。しかも設置した場所が内庭。邪魔極まりない。
「聞いてみます」
と、大神官は苦笑して退室した。
「ぽちー、おうちに帰っちゃったのね……寂しいわ……」
小屋の前でしょぼんとしている可愛いメイドさんを、どうやって、誰が慰めるか。
おしろの へいしたちの こぜりあいが はじまった!
「逃げられましたわ。なんてこと!!」
嘆く姫である。理想的な婿(=将来有望な幼児=激好み=ショタ=イリック)が、城からいなくなったことは大層ショックだったらしい。
「お義母さま! あの保護者の実家はご存じないのですか?」
「残念ながら、そこまでは知らないわ……失敗したわね……最初に聞いておけば良かった……」
と、王妃。こちらは双子を揃って養子に欲しがっていた。が、保護者であるユーヤと一緒に双子も姿を消したため、かなわぬ夢と化した。
「……魔王様の直系を養子にして、手元で育てて、遠い将来にいろんなモノをゲットしようという私のささやかな夢が……!」
ぼそぼそ小声でつぶやく言葉は、隣の義娘には聞こえなかったようである。
「そうですわ! 大神官たちに問いただせば行く先も分かるのではありませんか!?」
「え。神官……無理。私無理」
とたん、王妃は真顔で言い切った。
「何故ですの、お義母さま」
「だって神官でしょう? それも大神官でしょう? 神殿で一番偉い人間でしょう? 私、魔物よ。怖くて寄れないわ」
「………………ああ、そう言えばお義母さまって魔物でしたわね」
忘れていたらしい。
「あなたのそういうところすごく好きよ義理娘。あなたが娘で良かったわ。というか、いいわよ、もう。あなたのような可愛い娘がいるもの。遠くに行っちゃった養子候補は魔物だから、あなたと夫が寿命で死んでから探しても遅くないし」
「わぁ、お義母さま、気が長いですこと。わたくしとお父様、ものすごく長生きすると思いますわよ?」
「長生きしてちょうだいな」
と、王妃はお茶に手を伸ばす。姫は茶菓子に手を伸ばした。
「では、わたくしはあの少年のことは第二候補としておきますわ。実はおととい、騎士隊長の息子さんも可愛らしいことに気が付きましたのよ。三歳ですの」
「そう。隠していたのね。いろんな意味で」
姫にだけは見つかりたくなかったに違いない。護衛の騎士はそんなことを思い、隊長の不運を気の毒に思った。あと、隊長の息子、強く生きろ、とも。
姫の主張は続く。
「それでわたくし、まだまだ世の中には可愛い少年がたくさんいると気づきましたの!」
「そうね。いると思うわ。私は守備範囲外だから興味ないけれど」
「お義母さま! わたくし希望を持って頑張りますわ!」
「……それあまり頑張られると不安だわ……」
王妃は思った。どうしたらいいのこの義娘。可愛いのよ、確かに可愛いの。でもこういうところはどうしたらいいのかしらねー……。
齢1300年の淫魔をひかせる姫、恐るべし。
のほほん。メイドさん人気(笑)




