子育て勇者と魔王の子供・35
しばらく来なかったシヴィーラが、姿を見せた。
何故か、エプロン姿で。
「久しぶりね、ぼうや。会えなかった間、寂しいと思ってくれたかしら?」
「え。なんでですか」
「つれないわねぇ。私は寂しくてたまらなかったわよ?」
流し目。ユーヤは首を捻った。
何故に魔物が寂しがるのか。意味が分からない。
明確に理解していない彼に、シヴィーラは薄く笑う。
「まぁいいわ。そういうところも魅力だものね。ところで、練習したのよ、食べて」
と、差し出された鍋。湯気があがり、美味しそうな匂いがしている。
「え? 料理ですか?」
一瞬、以前彼女が作っていた料理が脳裏を走りぬけた。魔物の作る料理は、とてもじゃないが人間が食べられるものではなかったのだ。材料からして、食べられないものばかりで。
「そうよ。手作り。今度はちゃんと人間の食べるもので作ったわ」
にこにこしているシヴィーラに、オーラが仁王立ちした。
「まぁ、淫魔さんがなんの御用でしょうか? うふふ、まさかそのお鍋の中身をユーヤさんに? 魔物が作ったものなんか、食べるとでも?」
「ほほほほ、出たわね小娘。何もできないくせに彼にくっついている厄介者のくせに。料理洗濯路銀稼ぎ、どれもできない役立たずが、えらそうに言うこと」
なぜだろう。ユーヤは思う。猛吹雪の中にいるような気がする。
「ええ。確かに私、料理洗濯路銀稼ぎどれもできませんとも! でもね、今は双子ちゃんたちに文字を教えているのよ! わたしは双子ちゃんの先生!」
「なんですって!? いつのまにそこまでお二人の心をゲットしたのこの役立たず小娘が!」
「いえ、げっとされてません。おにーさんがもじをおしえてくれているのに、このおねえさんがくっついているだけです」
「げっとされてねえ。べんきょうおしえてくれてるにーちゃんのついでに、ねえちゃんがいるだけだ」
嵐の真っ只中にいるような気がしてきた。どうしてだろう。
「ふ、小娘も淫魔のババァも立場をわきまえない発」
言葉半ばでぽちが吹き飛ばされるのはいつものこととして、なんだか不穏な雰囲気になってきた。
「えーっと、シヴィーラさん?」
「はぁい、なにかしら?」
花を咲かせたような浮かれた声で振り返るシヴィーラに、ユーヤは問いかける。
「つかぬ事を伺いますが、材料はなんですか」
「牛を煮込んだの。お肉は好きでしょ? 若い男ですものね」
「はぁ。まぁ、好きです。で、どんな味付けで?」
「ワイン煮よ。大丈夫、人間の調味料しか使ってないわ」
「……ご自分で?」
「ええ。人間のコックをたぶらかして、教えてもらったの」
たぶらかしたんだ。さすが淫魔というかなんというか。素晴らしい笑顔で言われてしまった。
「牛は、どこで?」
「え? その辺を歩いているじゃない。人間の……ほら、牧場っていうヤツ」
「……かっさらったんですか……?」
「いいえ。譲ってもらったのよ、ふふふ」
たぶらかしたんだ。ユーヤは眉間にしわを寄せて考え込んだ。
「あの、シヴィーラさん」
「はぁい」
「努力はありがたいのですが、今回はいただけません。協力していただいたコックと牛を譲ってくれた牧場の人たちに、相応の代金を支払ってきてください。それからなら、いただきます」
「……分かったわ!」
即座にシヴィーラが消える。
「ユーヤさん! 本気ですか?! 魔物の料理ですよ!? お腹壊すどころか、魔物に変化しちゃったらどうするんですか!?」
「にーちゃん、ばーちゃんのりょうりくったら、しぬかもしんないぞ!?」
「おにーさん、おかーさんのところにいくのはまだまだはやいとおもいます」
心配してくれる子供たちとオーラに笑いかける。
「努力してくれてるんだ。気持ちが嬉しいし、邪険にしたら気の毒だよ」
オーラと子供たちは黙り込んだ。何か言い返したいようだが、何を言いたいのだろう。首を捻るユーヤに、復活したぽちが呟いた。
「……ある意味大物だな貴様……」
けっこうかいがいしい淫魔のお(規制)さん




