子育て勇者と魔王の子供・93
現実は非情である――いや、面倒くさいと言いかえよう。
プロポーズしたから、はい、結婚とはいかないのが現実だった。
反対されているわけではない。
身内は誰も反対していない。ユーヤの身内は十年経過して戻ってきた彼を大喜びで迎え入れ、イリアにプロポーズしたことも大喜びだった。
「いやー、戻って来たばっかりなのに男を見せたな!」
「で? で? 新居は魔王城なの?」
「子供は何人の予定だ?」
「気が早いよ皆!?」
田舎の人たちはせっかちだ。自分も田舎の人だが、周囲はもっとせっかちだと思う。
魔王側の身内はもちろんのこと、狂喜したのが、母親である。
「婿殿! もう容赦なく息子と呼んでも良いんだな!? ようし義母上と呼んでくれ! この時のためにドレスなども完全準備だとも!! すぐさま挙式でも問題ないぞ!?」
「いやちょっとおちついてください、お……義母さん」
「旦那。聞いたか。今の聞いたか。苦節十年、婿殿がやっと私を義母上と……!」
「うむ聞いたとも妻よ! ところで婿殿、私は!? 私は! 良いのだぞ義父上と呼んでくれてもな!!」
「落ち着け。だから」
夫妻はどちらも昔と変わらないようだった。少し変われ、変わってても良いだろう贖罪の旅をしていたのだから、と、突っ込むのはおかしいだろうか。今更か。今更である。
義弟? 義兄? になるはずの双子の片割れからの反応は。
「にーちゃん、俺、挨拶とか考えてんだけど、ちょっと見てくんねー? こういうので大丈夫?」
「ん?挨拶って……結婚式のスピーチ……? まだ日取りとかも決まってないのにかっ?」
「だってさー、きょうだいとしてスピーチくらいしないと駄目じゃねって、とーちゃんたちが。でも難しいんだよなー。魔王になった時もイリアとスピーチしたんだけどさー、こういうのってイリアのほうが上手なんだよー」
頭を抱えていた。祝ってくれるのは嬉しい。無理はしてほしくないが。スピーチを考えるために徹夜とかはしないようにと一応告げておいた。
「にーちゃん。俺とオーラの時は挨拶してくれよな」
「…………え、ああ……うん。え?」
いつの間に。動揺しながらもなんとかいう。
「…………あー…………カリスに気をつけろよ?」
彼女のことに関して怖いのは、何せあのシスコン賢者だ。
「あははははー。大丈夫大丈夫。俺、魔王だぜ?」
「…………」
カリスにも気を付けるように言っておこう。そうしよう。
「無事で何よりじゃなぁ。で? いつ式じゃ?」
前王様には笑顔で言われた。あれから十年経過していると言うのに、温和な笑顔はそのままだ。
「むっちゃ逆玉の輿じゃの。いやはや、おぬしが連れていた娘が魔王の嫡子だったとはのう」
にこにこと、王様は言う。おそらくは気が付いていただろうに、知らなかったと言い張ってくれている。この王でなければ、魔王城から戻った時にユーヤたちは追われ、その先で絶望的な終わりを迎えていたのかもしれないのに。
「無論のことわたくしたちを招待はしていただけるのでしょうね? 同盟国の王ですものね?」
列席者のナニを期待しているのか目が輝いている女王に少し引きながらも、頷いた。
「ぜひ、出席していただきたいです。まぁ、相手となる俺……じゃない、私がただの農民出身で申し訳ないのですが」
「何を言うのやら」
先の王妃であるシヴィーラが苦笑している。
「例にないほどの『立派な魔王様』になったお二人ですよ? 勇者の薫陶でしょうに」
勇者がいたからこそ、今の『魔王』があるのだと。
カリスと教会のおねえさんも、もちろん招待する。しばらくカリスの姿を見てないが、『彼女』の機嫌がいいので、聞かないことにした。
「勿論出席させてもらうわ! わぁ、楽しみ! 君の結婚式に招待されるなんて……嬉しいわ」
「こっちも嬉しいよ」
「気合入れて準備するわね!」
太古の魔王のお祝い。
「……うん、ほどほどでいいから」
ちょっと、怖い。
「なにをしているのだ魔王の婿。吾輩の子供たちを何故執拗にモフモフしておる」
「あー、いやー、式の準備って大変なんだなぁって思って……」
ちょっと癒されたい。
結婚式の準備に忙殺されているのだ。席順がどうの、土産はどうする、食事は、挨拶は、余興は。
招待する人物がはっちゃける相手ばかりなので、真面目な挨拶を求められるのは王様か祖父母や両親だけ。
余興? 頼んだら暴走するぞ絶対。
うん、全力で楽しむだろうな。いいけど、怖い。いろんな意味で、怖い。
「ぽちは結婚式とか関係ないだろ? ちょっとうらやましいぞ」
「魔物が結婚式など上げるわけが無かろう。神の御前で誓い合うとか何の拷問だ。やるなら魔王様の前で誓いを上げるわ馬鹿者」
とかなんとか言っていたぽちは瞬間で地面に埋まった。父親が埋まっても子供魔物たちは動じない。ユーヤにモフモフされるまま、気持ちよさそうに寝転がっている。父と違って可愛い。
「余計なことを言わないです。結婚式する気が無くなったらどう責任を取るですか、ぽち。一日埋まってなさい」
「おおう……魔王陛下……相変わらず、素敵……ぐふ」
「おにーさん、逃避しないでください。まだまだ決めることは山ほどあるんですから」
「いや、分かってるよ……ちょっと疲れたからさ」
苦笑して、手招きすると、婚約者となった少女魔王はすぐに寄り添ってきた。
「規模がなー、大きすぎる気がするんだよなぁ」
「まだ言ってるですか? あきらめてください。魔王と結婚するのです。大陸の半分を治めてるですよ 大々的にやらないと、むしろ女王や前国王に叱られるです。あと、うちの両親がスネます」
「…………うん。知ってる」
小規模な式でもいいんじゃないかと告げたとき、死の化身はとんでもなくガッカリした表情をした。可愛い娘の式は盛大にしたいと、猛烈な勢いで説得してきたあの勢いを忘れない。
正直、怖かった。
「まぁ、うん、お祝い事だしな……頑張るか……」
「そうです、頑張るですよ、おにーさん」
「うん。頑張る。ところでイリア」
「はい」
「『おにーさん』に戻ってる」
「!」
「呼び方いろいろ考えてくれてたよな?」
小さいころの話を持ち出すと、彼女は悶えた。きっちりと覚えている分、恥ずかしいらしい。あんなに猛烈にアタックしてきてくれていたと言うのに、今頃恥ずかしがるのか。
「あう。く、黒歴史です」
「なんて呼んでくれるのか決まったのか?」
可愛い魔王様は、真っ赤になっている。
「…………う、う~~。お、おにーさんはどんなのが良いのですかっ?」
「俺? 俺はイリアが考えて呼んでくれるものに任せるよ」
「ず、ずるいですっ!」
ぽかぽかと、肩を叩かれた。彼女の指に光るのは、真珠の指輪。
「可愛いイリアを見て癒されたから、戻ろうか」
「~~~! 自覚したらなんかすごくタラシみたいです、おにーさんっ!」
「なんでそうなるんだ?」
笑いながら――彼女の手を取る。
勇者の可愛い魔王様は、頬を膨らませながらも、握り返してくれた。
幸せな感じ。きゃっきゃうふふというのはこういうものか。