子育て勇者と魔王の子供・91
魔王城の中庭には、畑がある。
牛も、いる。
もー。
んもー。
牛が鳴いている。平和だ。
その横には、大きな犬小屋があった。小屋の入り口には名前が書いてある――『ぽち一族の家』。
中から、ころんと四足の小さな獣が転げ出てきた。ころころころ……四匹ほど。
子犬……もとい、子魔物を追って、母魔物らしき四足の魔物が出てきた。首輪には『ぽちの嫁・はにー』と書かれている。魔物に首輪。子魔物たちにはまだ首輪はつけられていない。
ぽちも、十年の間に結婚したのだ、と、聞いた。姫――今は女王――のところでぽち車になっているのは、出稼ぎとのこと。月刊契約らしい。子育ては大変なのだろう。
ぽちのくせに一戸建てを建てているとは。というか、妻どこで見つけた。出会いはどこだ。どうやって愛を育んだ。疑問は尽きない。
魔王城の中庭で、現実逃避をしながらユーヤは思う。
平和だ。
彼のわきにはべったりとイリアが張り付いており、中庭の逆側にはイリックに迫られているオーラがいる。
「ねーちゃん。いい加減に観念しろよ。第一夫人って響き、そそられるだろ?」
「そそそそ、そそられないっ! 第一ってなに第一って!?」
「一番ってことだろ」
「二番もあるってことじゃないの!?」
「……あれ?」
「『あれ?』じゃないでしょー!!」
どうしてこうなったのだろうか。十年の月日は長かった。ここ数日でものすごく実感した。兄夫婦に子供ができていて、知らない間に叔父になっていたとか。
両親がすごく老け込んでいて、切なくなったとか。
何よりも…… 祖父母が亡くなっていた。仲の良かった二人は、同じ日に、亡くなったのだと聞いた。
すごくさびしかった。
寂しかった、のだが。
「よお、ユーヤ! せっかく帰ってきたのにどうした、浮かない顔で」
「何か心配事でもあるの? 話なら聞くわよ?」
……どうして夫婦そろって若返って魔王城に遊びに来るのだろう。生きてるわけではないらしい。詳しい事情は知らないが、なんか祖母が特別な血筋だったらしくて、一回死んだくらいでは別段たいしたことではないとかなんとか。確かに曾祖父母が特別な魔法使いの家系とは聞いていた。生死まで超越しているとは。魔法使いってすごい。
それにしても、祖父は普通の人間だと思っていた。祖母と結婚したことで特別なナニカに目覚めたとかなんとかなのだろうか。
なんだかよく分からない。分からないが、祖父母が揃ってユーヤの帰還を喜んでくれたのでまぁいいかという気分になった。
ある意味、達観したというのか。それとも面倒になってあきらめたというのか。
心配そうな祖父母(ユーヤと同じくらいの年齢)に、苦笑してなんでもないと答えると、それでも心配そうだったが、元魔王のところにいるから、と行言って城の奥に歩いていった。お酒でも持ってきたのだろう。祖父母と元魔王夫妻の親交は続いている。
……平和だ。
「おにーさん。結婚式はいつにしましょう?」
平和ったら、平和だ。
「お色直しはたくさんしたいです。おにーさん、ドレスの色は何が好きですか?」
本当に、平和だ。
「聞いてますかおにーさん。……ユーヤ」
ごふ。
ユーヤは吹き出し、せき込んだ。不意打ちだ。
「もう観念してくださいね? 私とイリックの魔王が、十年前に消えた伴侶を探しているっていうのは、全世界が周知の事実なのですよ。最愛の相手を必死に探している魔王と、長年行方不明になっていて、ようやく帰ってきた相手。私とあなたが夫婦になるっていうのは、この十年で確定事実になったのです」
完璧に、周りから固められていたのだと、理解したのはつい先日。
ユーヤが戻ってきたことで、魔王城どころか、世界中が活気づいたのだ。
魔王様、良かったね、ようやく戻って来たね――最愛の勇者が、と。
「というわけで、小さいころからずっと言ってますけど、もう一回言いますよ、おにーさ……ユーヤ。私の最愛の勇者様」
見上げてくる、魔王。
ユーヤはがくりとうなだれた。
うん、分かってる。ちょっと駄々をこねてみたかっただけだ。あまりにも周りが自分を置いていきすぎていたから。環境に慣れるまで、少しだけわがままを言いたかっただけだ。
ずっとずっと、彼女にだけ言わせるわけにもいくまい。
時間は流れた。小さかった彼女は、もう大人なのだ。
イリアが口をとがらせた。
「真面目に聞いてください。ちゃんと――」
「聞かない」
ユーヤは苦笑する。
顔を上げ、真正面からイリアに向き直る。
「ちゃんと、俺から言うよ。イリアが大人になるまで待つつもりだった。数日過ぎたらいきなり相手が大人になってたって感じだけども……」
彼女の胸元にある真珠をそっと持ち上げる。
「これ、指輪にもできるんだ。そのつもりで君に贈った。いつか、左手の薬指に飾ってもらうつもりで」
イリアが瞬く。ユーヤの胸も鼓動が早くなる。人生最大の緊張だ。過去、魔王城に一人で突入するときですら、こんなに緊張しただろうか。
勇者は魔王に戦いを挑む気分で口を開いた。いや、ある意味で、戦いだ。
「俺と結婚してください。可愛い魔王様」
この上もなく幸せな戦闘の開始である。
お待たせしました。もうそろそろ終わりますー。