子育て勇者と魔王の子供・90
ものすごくお待たせしまして申し訳ありません……。スライディング土下座を披露したい感じですううう。
ちゅ。
「再会の挨拶ってのは、こーするもんだよな、ねーちゃん?」
「はわわわわわわ!?」
オーラの頬にキスをするイリックと、首筋まで真っ赤になっているオーラ。
そんな場面に真っ先に突っ込むだろうシスコンカリスは、壁際まで吹っ飛んでいた。加害者は被害者の妻、教会のおねえさんである。元魔王&双子と同じように瞬間で飛んできて、物凄い勢いで旦那に裏拳をお見舞いし、吹き飛んだ旦那の襟首を掴んで、にこやかに揺さぶっている。
「ちょっと新婚で妻をほったらかした上に妻の弟分と義妹を巻きこんで十年ぶっ飛ぶってどういうことなのよ十年待たされるこっちの身になってごらんなさいやり返すわよ十年家出するわよ」
「……ちょ、ま、ふかこうりょくでしょ……ワタシのいしじゃないのよ……あああ、のうみそがみみからでるでる……!」
仲良きことは美しきかな。
視線を逸らして、精神の安全を図った。まぁ、『彼女』もカリスのことを心配していたのだろうし、ユーヤとオーラのことも心配してくれていただろうことも理解できる。
とりあえず、カリスも殺されたりはしないだろうし、それよりも――ドヤ顔でこちらを見ているイリックに、どういう対応をしたらいいのか。
オーラにキスってなんでだ。そういうことをされると困る。いろんな意味で。先ほどから袖口をつんつん引っ張られているのは、気のせいではない。横目で伺うとイリアが少し頬を膨らませてこちらを見上げている。
要求されている。
「ごほんごほん。あー、イリック?」
「にーちゃん! 男はたまにこういう甲斐性を見せないとだめだって! かーちゃんが言ってた!」
あの奥さん、相変わらずか。
「いや、そういうことはだな、人前ではあんまりしないほうが」
冷や汗を感じながら言うと、横でイリアが声を上げた。
「人が居なかったらしてくれるですね!?」
やばい、言質をとられる。冷や汗を感じつつ、咳払いを数回して気持ちを落ち着かせる。
「あ、いや、その。えーと」
我ながら動揺している。そしてその様子をニヤニヤして眺めている元魔王を殴り倒したい。
――と、そこで気付いた。
元魔王。魔王。連れてこられる前に住民らしきひとたちが言っていたこと。
『魔王様に伝令を――』
魔王。元魔王ではなく、魔王。
まさか。
「………………一つ聞きたいんだが」
「なにかな? 婿殿」
元魔王の様子には変わったところはない。十年前――ユーヤにとってはつい数日前――と変わらない。
「『魔王』って、なんだ? お前、魔王はもう辞めただろ?」
それとも、この十年の間に、また魔王になったのか。
困惑しているユーヤに、イリアとイリックが顔を見合わせた。いまさら何を言うのだろうと言いたげに、至極簡単に、それこそあっけらかんと、言い切った。
「あ、それ、おれとイリア」
「わたしとイリックのことです」
「「はぁ!?」」
オーラと声が重なった。
「やだなぁ、ねーちゃん。おれとイリア、ずっと言ってたじゃん。魔王になるって」
「そうです。言ってたです。有言実行なのです。必要不可欠でしたし」
え、ちょ、ま、なにがなんでどうしてだ!?
「おにーさんが行方不明になったのが悪いのです」
イリアはまだ少しふくれている。
「いつどこに戻ってくるか分からなかったのです。探しても探しても個人では限界があったです」
「で、手っ取り早いのが魔王になることだったんだよなー」
なにがどうしてそうなった。双子はさらに続ける。
「人間の王様と、姫のねえちゃんと和解してー、同盟してー」
「人間と共生することを約束して、魔族と魔物を統治するエライ存在は魔王です。だから魔王になったです」
「にーちゃんたち探すためにな!」
「です!」
自分たちを探すために、双子は――魔王という存在になった、と。
愕然とするユーヤに、姫がコロコロと笑う。
「以前とは違いますわ。今の魔王というのは、人間の王と同じ意味合いです。恐怖と絶望の権化としての魔王ではなく、正しく魔族たちの王、ということですわね。物凄く行動力のある幼児たちでしたわ。思わずわたくし、その場でプロポーズしましたもの。即答で断られましたけれども」
畏怖される存在ではない、と。姫の不穏な言動がちょっと怖いが、その辺は聞かなかったことにする。
「元魔王って言うとーちゃんの七光りが役に立ったよな!」
「親の威光は利用するべきです。おかーさんの立場もすごく役に立ちました!」
…………畏怖される存在、じゃない、んだよな?
双子魔王を目の前にして、勇者は唖然とするしかない。
太古の魔王、元魔王、双子魔王、そして勇者という、なんか混沌としている室内で、勇者は途方に暮れていた。
どうしたらいいんだ、この状況。
くいくい、と、何度目か、袖を引かれる。
見下ろすと、そこには可愛らしく綺麗に成長したイリアがいる。
彼女の首には、ユーヤがプレゼントした真珠のネックレスが、今もしっかりと輝いていた。
「おにーさん。わたし、魔王になりました。イリックも魔王です。二人そろって魔王です。だから、ちゃんと見張っててくださいね? おにーさんは、勇者なんですから。ちゃんと、ずっと、わたしのそばで、見張ってなきゃ駄目なのですよ」
もう、どこにもいかないで、と懇願するその瞳に、ユーヤは負けた。
小さな小さな、庇護すべきだった少女は、ある意味で勇者を負かすほどの魔王になったのだ。
名実ともに魔王になっちゃったらしい双子。でもまあ最初から勇者に比べたら恋愛レベルは魔王だったので良いよね(良いのかソレ)