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子育て勇者と魔王の子供  作者: マオ
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子育て勇者と魔王の子供・89

 じゅうねん。

 じゅうねんって、じゅうねん?


 思考が硬直してしまったユーヤの背後で、カリスがうめく。

「十年っ!? そんな馬鹿な……いえ、でも、ありえなくもない……こんな現象が起きたことは過去にも事例があったし……確かあのときは、時の神だか時間の神だか神様系統の話で……」

 ぶつくさ呟く兄に、横の妹が小さく問い返す。

「兄さん、心当たりあるのっ!?」

「あるわ。でも、神殿系列の話だったから、研究院の文献にはあんまり詳しく載ってなかったのよ……」

 カリスは信仰を持っていない。いや、彼にとっては知識と学問が信仰なのだ。神殿と研究院は別に仲が悪いわけではないが、知識が深い専門的な文献ならやはりその道の専門家が扱っているので、文献などの保管場所も別である。

 同じ理由で、賢者見習いのオーラも神殿系の話には詳しくない。知識を追及することは喜んでやる賢者兄妹なのだが。

「……神様……神官や司祭の部類ね……」

「わ、私、何か神様のお怒りを買うような真似、しちゃった、ってこと?」

 青ざめるオーラに、姫――今はこの地の女王が微笑む。

「いいえ、あなた方に落ち度はなかったようですわよ?」

「え」

「詳しい理由はわたくしも知りませんけれど。あなた方のよぉく知っている方たちならば存じているでしょう」

 にこやかに、姫はユーヤの知人たちなら理由を知っているだろうと言う。

 知人。

 ちじん。


 すかさず思い浮かんだのは、隣家の暴走夫婦だった。


 元魔王と、その奥方である死の化身。馬鹿なことを全力で実行することができる夫婦である。

「まさか……」

 愛娘だが幼女であるイリアと、年頃の青年だが頭の固いユーヤを結びつけるために、無理矢理年の差を縮めると言う暴挙に出たか。

 薬を使うよりは穏便と言えなくもないが、どっちにせよ暴挙であることに変わりはない。

 元魔王の人脈は知らないが、奥さんのほうなら神様とも知り合いでもおかしくない。死の化身って神様みたいなもんだろうし。

 それにしてもオーラたちまで巻き込むことはないだろうに。

 カリスなんか新婚だったんだぞ。教会のおねえさんがどれだけ旦那を心配……してないかもしれないけど、とりあえず義妹・オーラとユーヤのことは心配してくれているだろうと思いたい。

 いかん、落ち着け。落ち着くんだ、と、ユーヤは大きく深呼吸した。

「ほほほ。混乱しているようですわね」

 姫は楽しそうである。

「心配は要りませんわ。もう、すぐにでも駆けつけるでしょうし」

「は?」

 駆けつける? 誰が。どこに。

「あの方たちにとっては、距離など関係ありませんもの。知らせもすぐにゆくようになっておりますわ……このときのために」

 姫の語尾に重なって、光がはじけた。転移魔法の光だと、魔法下手のユーヤにもわかる。カリスが使うのを何度も見ているし。


 弾けた光が収まった時、何もなかった場所に、人影が現れている。大きな角が生えている魔王っぽい男と、それよりは小さな角が生えている、良く似た顔の少年と少女。少女のほうはスカートの裾からしっぽが見えている。

 どっかで見たような、三名。確かに知っている、三人。

「はははははははっ! よし無事だな婿殿!? ついでのオマケ二名も!」

 開口一番そう言ったのは、元・魔王。こいつは姿が変わらない。まぁ、魔族だし。

 が、その前にいる、二人は。

 どっかで見たような、美少女と美少年は。

 再び硬直したユーヤに、美少女は真顔で駆け出し――飛んだ。

「とお」

 つま先が、見事にユーヤの腹に突き刺さる。

「ぐふっ」

 変な声が出た。思いもよらないとび蹴りに、為すすべもなくユーヤはそのまま地面に倒れ込む。

 青年の腹の上にどすっと座り込み、美少女はぽかぽかとユーヤの胸を叩いた。蹴りの威力よりも、ずいぶんと弱い力で。

「だから、だから連れてけって言ったです! すぐ帰ってくるって言ったのに、言ったのに……不在が十年って……っ! おにーさんはアホです間抜けです甲斐性なしですぅ……ばかぁ……!!」

 罵声が、泣き声に変わる。

「待ってたです、ちゃんと待ってたです……いい女を待たせるなんて最悪なのですおにーさんのばか」

 馬鹿とかアホとか散々な言い様なのだが、ユーヤはどうしていいのか分からない。

 目の前にいる美少女が、イリアなのは分かる。成長薬を飲んだ時の姿と重なるからだ。

 だからこそ……どうしていいのか。可愛らしく泣きながら、それでも自分を待っていたと告げる彼女を――、


「見ろ。息子よ。婿殿は微妙にヘタレだ。しかし、いざとなると物凄い行動力と決断力を発揮する。女はああいうのに胸キュンするのだ。よぉく見て学べ。ギャップが大事だ」

「とーちゃん、そういう講義はどうでもいい。にーちゃん、そこはガッと! 抱きしめちゃえ! そのまま押し倒してチューだ!」


 ――抱きしめようかと思った手は、自動で止まった。あぶねえ。俺の理性、よくやった。

 自分の理性を内心で褒めつつ、ユーヤは泣いているイリアの肩に手を置く。

「イリア、だよな?」

「……そうです。おにーさんの嫁です」

「いや、えーと、とりあえず、腹の上からどいてくれ……」

「なんでここで抱きしめないですか!? 感動の再会なのですよ!? 泣いている許嫁を抱きしめて慰める流れなのです!」

 ぐすぐす泣きながらそんなことを言われても。

「よしよし」

「撫でたら駄目ですーー! 子供じゃないのですー!!」

「大人はとび蹴りしたりしないだろ……」

 的確に腹をめがけていた辺りは、子供じゃないのかもしれないが。とっさに腹に力を入れていなかったら、かなりみっともない姿をさらしていただろう。

 男の沽券的に、耐えられて良かった。 

 ちっさなプライドかもしれないが、男に取っては大事なことである。意識している相手に、みっともないところなど見せたくない。

「へたれです……婚約者が泣いているのにチューのひとつもできないですか……」

「めちゃくちゃ人の目のあるところで無茶言われても困るよ」

 苦笑しながら言うと、イリアはぐすん、と、一つ鼻を鳴らして腹の上からどいてくれた。思い出したようにユーヤの肩をぽかりと叩いて。


 ユーヤは耐えるのに必死だった。

 何を? ――イリアを抱きしめたい衝動に。


抱きしめちゃえばいいのにネー?

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