子育て勇者と魔王の子供・88
周囲を包囲されているものの、誰も襲ってくる様子はない。敵意も殺意もないので、ユーヤたちもどうしたらいいのか判断できかねていた。
敵意というより、むしろどこかホッとしている様子も見受けられるので、かえって反応に困る。
話しかけるべきか。だが、何をどう話しかける?
ここはどこか、とか問えばいいのか。
カリスも詠唱するべきかどうか迷っている気配がする。オーラを護るために戦うことは迷わないだろうが……結婚した相手が太古の魔王なせいか、最近魔物に対する考え方も変わったようで、いきなり戦闘になるような真似はしないでいてくれている。
友好的な魔物もいると、理解してくれている。なので、ユーヤと同じように困惑しているのだろう。
戦うべきか?
それとも話しかけるべきか。
剣に手をかけたはいいが、そこからどうしたらいいのか。魔物に包囲されているというのに、これは一体どういう状況なのだ。
自分でも訳が分からない。
迷うユーヤの視界の端で、土煙が近づいてくるのが見えた。
何か来る。しかもものすごい勢いで。
背後のカリスが口の中で詠唱を始めた。ユーヤもいつでも剣を抜けるように体勢を整える。
何が来る……!?
緊張を高めるユーヤの視界に、徐々に近づく良い毛並み。
「…………あ」
呻く。緊張が霧散した。
ぽち、だ。ぽちがすごい勢いで馬車――いや、ぽちが引いているから『馬』車ではないか。とにかく人を乗せられるであろうものを引きながらこちらに爆走してくる。
カリスの詠唱も止まった。多分、同じ気持ちだ。警戒して損した、と。
車輪をきしませながら、ぽちが止まる。
「ふ、久方ぶりだな鬼畜勇者にオカマ賢者に毒物製作娘!」
「ちょ、どういう意味!?」
オーラが声を上げる。
「最近はどうにかこうにかぽちが卒倒しないで済むくらいのものが一割くらいの割合で作れるようになったでしょ!?」
「残りの九割は半日行動不能になっただろうが毒物娘!」
「さらに略した!?」
やりとりを聞きながら、ユーヤは剣から手を放す。
オーラは料理の腕前をさらに下げたらしい。ぽちでも半日行動不能ってどれだけ毒性が高いのだろう。普通の人間が食べたら元魔王の奥さんの職場に直行しそうだ。
即死レベル。料理の研究をしているのか、魔物もイチコロ毒の研究をしているのか分からなくなってきた。
「あー、えーと。ぽち?」
「なんだ、鬼畜勇者」
「……それもどういう意味なのか問いただしたい気がするが……まぁいいや。えーと、お前、村に居たんじゃないのか? イリックとイリアは?」
双子と一緒に留守番していたはずである。それがなんでぽち車をひいてこんなところにいるのか。
「ふ、さすがの鬼畜勇者も状況が分かっておらんようだな」
「うん。さっぱりわからん」
得意げなぽちに、素直にうなずく。
「頭を地面にこすり付けてお願いしますと言えば説明してやらんことも」
言いかけたぽちに、
「伏せ!」
ぽち車の中から鋭い声が飛んだ。ほぎゃ、とか何とか言いながら、ぽちが地面につぶれる。良く見たら以前オーラが開発した首輪のようなものを付けていた。
強制的にぽちにイロイロさせるあの首輪だ。村に帰ってからもつけていたけれども、あれとは色が違う気がする。何日か留守にした間に新しいものを元魔王が作りでもしたのか。
ぽちだから別にどうでもいいけれども。
それより今ぽち車の中からした声に聞き覚えがあるような気がする。微妙に、再会したくなかった相手の声のような気も、する。
きぃ。扉が開いて、豪奢なドレスの裾が見えた。
うん、今すぐカリスに声をかけて転移魔法で村に帰ったほうが良い気がする。
振り返ろうとしたユーヤに、涼やかな声がかかった。知らないふりはもはや通じない。
「まぁ、にくたらしいこと」
にこやかにほほ笑んで、そう言ったのは――姫。
「本当にあのときのままなのですね、勇者」
ただし、ユーヤとさほど変わらない年頃だった彼女は、今、ユーヤよりもかなり年上に見えた。
目を丸くするユーヤに、姫はコロコロと鈴を転がすような声で笑った。
「おひさしぶり。わたくしのこと、覚えていますかしら?」
「え、ええ。はい。あの、ええと、姫様、ですよ、ね?」
「ええ。間違いなくわたくしは王の娘で、姫ですわ」
にこりと、笑いながら――、
「今はこの地の王ですけれども」
姫は爆弾を投下した。
どどーん。
何かがどこかで爆発した音を聞いた気がする。
呆然とする一行に、姫はさらに爆弾発言。
「あれから十年が経過しておりますのよ。人も物も土地も魔物も変わりましたわ」
ちゅどーん。
完全に、思考が停止した。
じゅうねん。
じゅうねん?
じゅうねん!?
十年後でございます。次回、感動かどうかよく分からない再会の予定。