子育て勇者と魔王の子供・86.5
短い閑話。
簡単な仕事だったはずだ。遺跡の調査、それだけ。
調査をするのはオーラで、手助けをするのはカリスで、ユーヤは周りで警戒しているだけ。周囲に生息している魔物も、それほど脅威になる強さのものはおらず、本当に、簡単な仕事だった、はずなのだ。
勇者と呼ばれるほど強くて、頭だってそれなりに良くて、まがりなりにも賢者と呼ばれる存在がそばにいて――なのに、彼らは還ってこなかった。
「……何が起きたの……」
教会の『おねえさん』は眉間にシワを寄せている。
結婚したばかりだ。相手はあのシスコン賢者で、何を間違ったのだろうと日々悩んでいる『彼女』ではあったが、それでも、カリスと義妹オーラのことは案じていた。
ユーヤだって、『彼女』にとっては可愛い弟のようなものである。
戻らない彼らを心配して、即座に『彼女』は現地に飛んだ。依頼をした人間をつかまえて、彼ら三人がどうしたのかと問いただした。魔物の姿の『彼女』に、怯えながらも返答はあった。
『分からない』
『彼らが戻らないことに、我々も困惑している』
簡単な仕事のはずだ、と、依頼主も言っていた。ただ、珍しい文字などが刻まれており、太古の遺跡だということで、知識の深い賢者(の卵である)オーラに依頼したのだと。
遺跡で何か起きたのか。
ためらわずに遺跡に向かった『彼女』を出迎えたのは、無人の遺跡。
荒れ果てた様子もない遺跡。戦闘の痕跡もない。血の跡もない。『彼女』の大事なひとたちの姿も、ない。
「……どういうことなの……」
『彼女』の視線の先に、刻まれている紋様。これらの解読をしに、義妹たちはやってきたはず、なのだ。
「……この、紋様は……?」
見覚えが、ある。
「クロノス……!?」
※※※
夜。布団の中にもぐりこんで双子は話し合う。
「もしかしておにーさん、おねーさんにたぶらかされてかけおちしたんじゃないでしょうか」
「えー、まじで?」
「とりあえず、おねーさんをうめます。イリック、てつだってくれますよね」
「おれ、ねーちゃんをはーれむにいれようとおもってたのに。うめんの?」
「わたしのおにーさんをとったおんなはゆるしません」
「……ねーちゃんそういうきもちないとおもうけど。あかいいと、まだげんきにおれにむかってのびてたし」
「そういえばそうでした。じゃあ、なんでおにーさんかえってこないですか……? わたしのこときらいになったですか」
じわ、と、めじりに涙が浮かんでくる。
「やっぱ、にーちゃんにけっぱんじょうかいてもらえばよかったなぁ……にーちゃんがだめならねーちゃんにかいてもらうんだった」
「うう……」
泣き出しそうなイリアに、イリックは唸る。
「イリア、なくなよ。にーちゃんなんかほかのしごとかもしんねーし」
「でももういっしゅうかんかえってこないです……うわきです、かけおちです……かえってこないのかもしれないです……いっしょにいけばよかった……」
ぐすぐす、と、鼻をすするイリア。同じく泣き出しそうなイリック。イリアを励ましたいが、イリックにもどうしたらいいのか分からないのだろう。
「な、あしたさがしにいこうぜ」
「さがしに、ですか……? でも、とおいです。あるいたらすごくとおいです。ぽちをふみんふきゅうではしらせても、みっかくらいかかるっていってました」
「それはあれだよ、とーちゃんがいるじゃん」
すっかり忘れられているが、双子の父はあれでも元魔王だ。移動魔法の一つや二つ、お手の物である。
「……しんぱいのあまりにわすれてました。おとーさん、そういえばまおうだったですね」
「そーだよ! たぶんなんかいろいろできるだろ」
実の子供らにも実力を危ぶまれている元魔王。双子のベッドの下で、ぽちがしみじみと涙していた。
「あした、あさはやくにおとーさんをたたきおこして、おにーさんたちをむかえにいきましょう!」
「だな!」
行動を決めた子供たちは、すぐさま眠りについた。明日は早い。何せユーヤたちを迎えに行かなくてはならないのだから。
意外と行動派な『彼女』と、いつも行動派な双子。ぽち、今回は何も被害受けなかったな……あやうく不眠不休で走らされるところでしたが。ち(舌打ち)