子育て勇者と魔王の子供・84
オーラが、元魔王夫妻とその息子を正座させて何か説教している。
「いいですか? 外見だけ変えたってなんにもならないって、前から言っているでしょう!?」
「いやしかしだな、年の差というのは薬でも使わないと」
「私のお話、き・い・て・ま・せ・ん・ね?」
「いやいやいや、聞いております、はい」
死の化身と元魔王とやんちゃな息子を正座させて説教する賢者の卵。妙な凄味がある彼女に、夫婦は逆らえないらしい。
「……イリア、何かあったのかな」
「わかりません。おにーさんとはたけでおべんとうをたべているあいだに、うちのかぞくはなにをしたのでしょう??」
なんでオーラに叱られているのか。ユーヤはイリアと一緒に首をかしげた。声をかけてみればいいのだろうが、オーラが半端なく怒っているので、怖くて寄れない。
勇者までも怖がらせる迫力、恐るべし。
午前中は祖父の畑で仕事をし、午後からは双子の勉強を見てあげようと思っていたのだが、この様子ではイリックが解放されるのは相当後になりそうだ。
まぁ、両親にろくでもないことを吹き込まれそうになって、それを目撃したオーラに説教されている、ということくらいは予想がついた。
かばってやりたいが……隣家夫婦は悪巧みをするときはシャレにならないほどに暴走するので、たまに怒られるくらいが良い気もする。
「えーと、どうしようか」
「どうもしなくていいです。ごごからもふたりきりでべんきょうしましょう!」
「……いや、まぁ、いいけど」
イリックが可哀想だなぁ、と、ちょっと思う。ちらりと見ると、双子の片割れはうつむいて寝ていた。
うまい具合にオーラからは気付きにくい角度である。
「……あー、まぁ、いいか」
上手にやり過ごしているので、両親よりやり手かもしれない。
イリアと自分の家に戻り、勉強を初めてしばらく。祖母がお茶とお菓子を出してくれる頃、オーラがぐったりとして戻ってきた。
「お、オーラ、お疲れ。今度はなんだったんだ? すごい剣幕で怒っていたけど」
「……知らないほうが幸せですよ、ユーヤさん」
酷く疲れた様子である。一体何があったのか。あの夫婦、何をたくらんだのだろう。
「そう言われると気になるんだけど」
視線を合わせて聞きたいと促すと、彼女は深いため息をついてから口を開いた。
「…………この間、双子ちゃんたちが大きくなったでしょ?」
「うん」
「その逆を、ユーヤさんにしようとしてました」
「え」
逆。逆。逆……?
「もしかして、おにーさんをこどもにしちゃおうとしてたですか?」
イリアがきょとんとして指摘する。
「……俺を?」
「ええ。本を借りに行って地下室から出てきたら、そんなことを話してましたから、つい」
説教した、と。うん、と、ユーヤはうなずいた。
「……オーラ」
「はい」
深々と彼女に頭を下げる。
「ありがとう。というか、俺、しばらくお隣に行くのを自重しようと思う」
「どういたしまして。そうですね、そのほうが良いかもしれません。お隣からの食べ物飲み物には気を使ったほうが良いですよ……」
薬を盛られる可能性。毒じゃなく、若返りなのだが、そんなもん盛られたくない。
「……おにーさんのこどもじだい……ちょっとみたいです。こどもになったら、わたしともおにあいなかんじですね!?」
「イリアちゃん? おんなじことをご両親も言ってたのよ。だから私もついお説教しちゃったんだけど、今、おんなじことされたい?」
不穏な笑顔で、オーラが言う。イリアは顔を逸らした。両親ときょうだいが叱られているのを見ているので、同じことをされたくないだろう。
「……いいえ」
「無難ね」
にこり、と、微笑むオーラはまだ不機嫌に見えた。
「にーちゃーん」
オーラが帰ったあと、イリックがへろへろとやってきた。祖父母におじゃまします、と、声をかけてから、イリアの逆隣の椅子に座って、べったりとテーブルにはりつく。
「お、行儀悪いぞ?」
「うー、だってー、つかれたー」
「じごうじとくです。おねーさんからききました。あほですね」
双子の片割れからのツッコミは容赦がない。先ほどまでちょっと見てみたいと言っていたことは綺麗に忘れているようだ。
「ほら、ばあちゃんが作ってくれたお菓子があるから、食べて元気出せ」
「うー」
背中をぽんぽんと叩いてやると、少し元気になったのか、起き上ってお菓子を口に運び始めた。
「イリアとにーちゃんのとしのさがなくなって、すぐけっこんできるかなーっておもっただけなんだよー」
「いや、変わらないだろ……十年待つのは変わらないぞ」
外見だけが変化しても、結局は育つのを待つので、一緒である。
「……あれ?」
気づいてなかったのか、イリックは首をかしげた。何故気付かない。主に、元魔王夫妻。
「ん? あれ? えーと、けっこんできるのって、あ、そっか」
オーラ、止めてくれてありがとう。もう一度彼女に感謝するユーヤである。全然全く深く考えていない隣家の面々に、子供にされた日にゃあ泣き寝入りするしかない。
本当に助かった……。
ホッとしているユーヤの横で、イリアが頬に手を添えて赤くなっている。勇者は気付いていない。
『十年待つのは変わらない』と言ってしまった意味を、横にいる幼女が明確に理解していることを。
「…………むいしきのぷろぽーずです……」
嬉しさが隠せずに、口元がにやにやしてしまう幼女に、勇者が気付くのはしばらく後。
うっかり言っちゃったー!