少女の困惑
「お願いします、俺たちの側に、着いてください……!」
!?
え、え、えええええええええ!?
私、いったい何かに巻き込まれようとしている!?
学校は、私に平穏を与えてくださらないようだった。
「あの、で、できれば理由を聞かせてほしいな……。」
「理由……そうだった、そこからまず話さないと。」
ふぅっと一息ついて落ち着かせると、カガミンはまた話し始めた。
「俺、いや、俺たちは……羽衣さん。君と、……友達になりたいんだ!」
「……へ?」
「と、とにかく、詳しくはこれを見ておいてほしい!」
そういうと、彼は一枚の紙切れを机の上にポンと置いた。
「そ、それじゃ、詳しくはそこに書いてる場所で落ち合ってからで!」
言いたいことを言いつくしたのか、彼は床に極力体をつかづける形で自分の机まで戻ると、
椅子に座る。そして、そこから急に……先ほどとは全く別人のように意気揚々と立ち上がり、
口論に中に割って入るのであった。
もっとも、トラブルメイカーの代名詞なので、何をしても基本クラスから非難を浴びることはないし、
みんなも笑ってくれるしで行動範囲にも幅が広いので彼にしかできないことも多い。
「ハッハッハ、今日この時も君たちは愉快で楽しそうだな。」
「……どうしたの、京也? 頭でも打った?」
「むしろ楽しそうなのはお前のようにも見えるが?」
「クックック、当たり前だろ! 何しろ、今日でこの果てなき口論地獄から脱出できるのかと思えば、
笑いが止まらんよ。ワッハッハッハ!」
「な、ちょっと! あんた、まさか告発してきたの!?」
「さぁ、どうだろうなぁ?」
「いいから白状しなさい!」
「俺が白状している間に、『住田 幸四郎』君が突撃してしまうかもしれないぞ?」
「隙あらば、いつでも準備はできている。」
「グ……覚えてなさいよ。」
「もうすぐ授業の時間だな。せいぜい授業中に策でも練っておくんだな。ま、俺の勝利は目前だかな!」
口論は、雰囲気から察するにカガミンの圧倒的な優位に立ったことは間違いないだろう。
何しろ、授業中はカガミンが恐ろしいほどのニコニコ笑顔で授業を受けていたからだ。
ノートもいつも以上にまじめにとっていて、教諭も驚きを隠せない様子であった。
そして、学校生徒から明らかにカガミンの様子が異様なことから
今日、9月21日は京也が爆裂ニコニコ笑顔を炸裂させたことから『幸福』やら『異様』やら、
『笑顔』やらの象徴ということで『記念日』扱いを校内で受けることとなった。
「京也の奴、また新しい伝説を作ったとか。」
「ああ、記念日まで作り上げちまうとは末恐ろしい野性児だ…!」
「それと比較して……『吉野』や『住田』はなかなか異様な雰囲気だ……。」
「あ、ああ。あれは半端な度胸じゃ横を通れないぜ。」
カガミン、キョウヤンこと『鏡 京也』にとっては至福の日。
吉野、住田にとっては厄日のように感じられる日であったが、
何があったのかは生徒間では色々な噂が立った。最も、事情を知るのは本人のみであるが。
ため息交じりに紙片をとる。文字が丁寧に書かれてあった。
『放課後、視聴覚室の正面の階段を下りたところにあるトイレの前で待っています。』
これは、私にとって何なの? も、もしかしてラブレター!?
いや、でも、カガミンに限ってそんな手紙を私に……?
……放課後は行ってみるしかなさそう。
調理実習はつつがなく終了した。
この時は比較的平穏であり、少女にとっては思いがけずに訪れた幸福ともいえよう。
そして、放課後は訪れた。
「視聴覚室の正面の海岸を降りたところにあるトイレの前……。」
回りくどい書き方だけど、カガミンのことだから意図があるんだろうなぁ。
イタズラじゃなければいいんだけど……。
だけど、必死な表情で頼まれちゃったから断れなかったんだよね……。
「ここね。」
トイレの前には、カガミンがいた。
「……羽衣さん。」
「用があるんでしょ? 遠慮なく言っていいよ。」
「えっと……休み時間に行ったことについてなんだ。」
「……友達になってほしい。だっけ?」
「あ、ああ。口止めされていたんだが、きっぱり言う。俺と吉野、住田はここ最近、
毎日のように口論してたんだけど、その原因が……君なんだ。」
「え、ええええ!? わ、私ッ!?」
「ああ、いや、羽衣さんが悪いわけじゃないんだ! 色々あって今はこうなっちまったけど…」
「そ、その色々って、何があったの?」
「……あれは、入学してから1カ月たったころだった。俺が所属している『同好会』があるんだ。
そこに、君を誘おうと思ったんだけど、それが吉野や住田にばれちまってな……。
バレてから知ったんだが、吉野、住田も羽衣さんを狙っていたみたいなんだ。
だから、俺たちがぶつかって、今にいたってるってわけ。」
「……つまり、カガミンたちは私を同好会に入会してほしいの?」
「もちろん!」
真剣なまなざしだった。
「えっと、カガミン達の同好会って、何の同好会?」
「俺は……ホントはこんなこと恥ずかしくて言えないけど言うよ。実は『コンピュータ』の同好会
のメンバーなんだ。」
「え、嘘!?」
あんなに人気者なのにコンピュータの同好会にも入ってるんだ!
そしたら扱いとかも上手なのかな!?
世の中はきっとこういう人材を必要としてるんじゃないかと思うと、すごいなぁって思っちゃうな。
「……吉野は陸上部。住田は野球部のマネージャーとして引き込みたかったみたいだ。」
「へぇ。そうだったんだ……。」
知らなかった。まさか、知らないところでこんなにも壮絶なことが繰り広げられているとは…。
個人的に言うと、運動は……成績ではそこそこ良い評定はもらっているけど疲れるからいやだなぁ。
第一印象から出言わせてもらうとカガミンの入会しているコンピュータ同好会のほうがいいかも。
「うーん、そういうのはちょっと家族と相談してから決めてもいいかな?」
「もちろんです!」
ノロノロと帰宅を繰り返す日々よりは充実するかもしれないし、そのほうが高校生らしいかも!
「それじゃ、俺はそろそろ行くね。決断が出たらメールで……あ、メールアドレスが……」
「こ、交換、する?」
「あ、そ、それじゃ、お願いしようかな……」
ずいぶんと、カガミンが固くなっちゃってる気がするけど、気のせいなのかな……?
「はい、次はカガミンが送ってね。」
「お、おう。」
…………完了っと。
「私はそろそろ帰るね。それじゃ、また明日。」
「ああ、明日な!」
同好会かぁ。ちょっとワクワクするかも! 入会は本当にしちゃってもよさそうかな。
カガミンもいるし、楽しそう!
帰宅後、ブログの更新を終えると、母に言った。
「お母さん。」
「ん、どうしたの?」
「同好会に、入ってもいいかな?」
「そうねぇ、高校生なんだし、そういうのもいいかしらね。何に入るか、決めてらっしゃい。
入会した時に、費用のこととかも全部伝えてくれるならそれでいいからね!」
「うん!」
就寝に着く。この日はぐったりと疲れていたらしく、少女は深い眠りに就いた。
そして、明日の学校は……一段とクラスの雰囲気は騒がしくなっていた。