少女の悩み
今、とある学校の教室で果てなき争いが始まっていた!
「あのな、あの子は俺たちに必要な存在なんだよッ!」
「バカ言わないで! そんなこと、絶対にさせないわ! あの子は私たちが守ってみせるわッ!」
「ええい、ほかの連中に任せてられるか! 俺たちが引き受ける!」
今日も対立が続いている。一人の少女を巡るこの戦いに終わりは訪れるのだろうか…!?
「全ては、あの無垢で純粋な……少女のために!」
熾烈だがバカらしい、そんな校内戦争が幕を開けた!
カタカタカタカタ
パソコンの前の椅子に座り、静かにキーボードで入力する少女がいた。
キーボードで入力している内容は自分が勇気を振り絞って開設した『ブログ』の記事のものだ。
タイトル:校内戦争
本文:
『今日も、私が通学している高校では争いが絶えませんでした!
いったいどうしてなのッ!? 平穏な学校生活をエンジョイしていたいのに……。
えっと、いつものことはもう置いておきましょうか!
明日は家庭科の授業で調理実習を行います!
品名は お味噌汁、ほうれん草のお浸し、それから親子丼です!
すごく楽しみです! だから、お願いだから、明日は落ち着いた日になりますようにッ!』
カチッ
Enterキーを押して、マウスを移動させる。『投稿』をクリックして、記事をブログに乗せた。
「ふぅぅ~ッ!」
背筋を伸ばすと、思わず声が出てしまった。
「ふぁぁ、明日も学校……。」
時間割をみると家庭科が2時間続きで組まれている。
「調理実習、楽しみだなぁ。」
呟いた後は明日の準備をして、ベットに入って眠りについた。
そして、少女は願う。
――――明日こそ、平穏で落ち着いた日でありますように――――
窓から日の光が差し込んでいる。鳥の鳴き声が聞こえてくる落ち着いた朝。
少女にはそれが至福の時で、一日のなかで最も早く訪れる少女のお気に入りの時間帯だった。
「う~ん、朝……。」
目が覚めてからはしばらく窓の外へと視線を向ける。
その後は、自分の部屋から出て、支度を済ませる。少女にとって、
朝の支度を済ませてから登校するまでの間は短く思えるものだが
一般人にとっては余裕が有り余るほど。それくらい早く起床したのだ。
なぜなら、少女はこの時間帯を、この至福を堪能したいから。
そして、時は過ぎていった。午前6時45分。
居間で静かに小説を読んでいると、家族が目を覚まし始めた。
「あら、佳奈。今日も早起きなのね。お弁当はもう作ったの?」
「うん。みんなの朝食もできてるから。」
「今日は……目玉焼きにしたのね。」
テーブルの上には3人分の目玉焼きと、ご飯、そして質素だが味噌汁が用意されていた。
「覚めちゃうから、起こして早めに食べちゃってね。」
「わかったわ。」
『3人』分のテーブルの上にある朝食。この3人のなかに少女は含まれていなかった。
すでに自分の分は済ませていたので、必要なかったのだ。
時計の針が7時15分を指すころには学校へ行く支度は整って、7時40分になってようやく
自宅から登校した。
家は学校から近距離にあり、徒歩で通学している。普通に歩けば8時に到着する程度の距離だ。
少女の名前は『羽衣 佳奈』。高校1年生で、
見た目はごく普通の女子高校生である。ややロングで肩より若干下まで伸びている髪は
風が吹くたびに少し靡いて、見た人の視線を釘づけにしていた。
学校内では『かなり大人しく落ち着いた生徒、成績は優秀で運動もできる生徒』
という認識で通るように意識して行動していた。
が、そんな羽衣 佳奈の祈りと努力は儚く散った。
なぜなら、学校内では壮絶な口論と劇的な動きが絶えなかったからだ。
その大きな原因は……
午前8時25分。学校内で、教室はすでに登校してきた生徒ばかりでにぎわっている。
その中で今日もお決まりのように口を走らせる組があった。
「だーかーらーッ! あの子は俺たちの側に着くんだって!」
「そんなこと、直接言ってあげればいいじゃない! 言えないんでしょ? ねぇ、言えないんだよね?」
「もう見てられん! 俺は言うぞ! お前たちはおとなしくそこで見ていろ!」
「待てぇぇぇい! そんなこと、俺が、いや、俺たちが許さん!」
「あんたが言ったところで振り向くはずないでしょ? 頭冷やして考えなさいよ! この運動バカ!」
「ふぅ、また……なのね。」
羽衣はがっくりと肩を落として自分の席……後ろから3番目、窓側という位置で口論を聞いていた。
「……! ったく、もう時間だ。続きはホームルームの後でな。」
「そうね、もう、いい加減認めなさいよね。」
「無駄なことを……。勝つのは俺たちだ。」
口論が終了したらしく、良い感じに落ち着いた雰囲気が訪れた。
「さて、そろそろホームルームを始めるぞ。日直は……『川岸』か。号令かけてくれ。」
今日もホームルームは口論ののちに始まった。
キーンコーンカーンコーン
「おお、もう時間か。今日の授業はここまで! 明日は47ページの第2段落から始めるから、
第2段落は1回だけでも読んでおくように。」
今日の現代国語は面白かったなぁ。文系はますます好きになれそう。
「起立、令。」
……そろそろ、うるさくなるころかな。
ガタッ 席を立って荒々しく佇む姿。
「この時間で、決着つけるわよ。」
「望むところだ。」
「で、バカの『鏡 京也』は?」
「む、そうだ、奴は……」
鏡 京也こと愛称『カガミン、キョウヤン』で親しまれている彼は、席でぐったりしていた。
すると、ゆっくりと席を立つ。
「京也。あんたもこっちきなさいよ。」
「悪ぃ、今回はパス。お前らでやってくれ……。」
そういうと、教室を出ていく。少し気になったので教室の出口まで行って見てみると、
彼はトイレへと向かったようだった。
「どうしたんだろう。」
キョウヤンはいつも争いを続ける校内ランキング『トラブルメイカー予備軍』の位置づけでは
かなり上位なのに、京に限って疲れた様子だった。とぼとぼと歩幅も狭かった気がする。
そんな羽衣の不安は一瞬で理由は判明し、解消された。
1分後……
「は、羽衣さん……!」
「ふぇ?」
声の方向をみると、真横から声がした。が、声の主はいなかった。
声は、もっと下のほうからだった。
「羽衣さん……!」
下に視線を移すと、カガミンがいた。床にはいつくばる形で声を掛けられていたので
羽衣 佳奈は異様な光景で反応に戸惑った。
声はえらくボリュームが小さめでこそこそット話しかけてきていた。
「え、え、カガミン……!?」
「こ、声は小さめでお願いします! 今回は、お願いがあって……。」
「わ、わかったから、楽にしていいよ。つらいよね?」
「す、すまない。」
代替予想はついていた。トラブルメイカーといえど、あの口論をしているメンバー。
おそらく、ああ、きっと、この口論の行く先が、ゴール地点が訪れた歌のように思えた。
「お願いします、俺たちの側に、着いてください……!」
!?
え、え、えええええええええ!?
私、いったい何かに巻き込まれようとしている!?
学校は、私に平穏を与えてくださらないようだった。