二人の追手(2)
火領側ではデモフォルトがミヅキを連れ帰ることを命じられていた。しかし、目的は違う。数年前とは状況が違っているのだ。
「リョウよりも早くミヅキを見つけて連れて来るのだ。結界を解かれてはならぬ。」
当初、火領のキリエ王は結界を解くためにミヅキを手に入れようと試みたのだが、今はその逆に、水領側が結界を解くのを防ぐために先んじてミヅキを見つけようとしている。
病に侵された水領側は火霊を得るために一刻も早く結界を解きたかった。火領にしてみれば、放っておけば勝手に水領は滅びるわけで結界を解く必要はない。ミヅキを捕えたら、水領が滅びるまでじっくり待つつもりだ。
ラネールに恨みは無いが。キリエは水領の惨状を想像する。出来ることならばラネールだけでもこちらに連れて来て病気から遠ざけてやりたい、とさえ思う。
ホスタが剣に倒れた日から今日まで、キリエはホスタの手紙に書かれた内容を一日たりとも忘れたことはなかった。ホスタは手紙に本心を余すところなく記していた。ミュウの死について申し訳ないと思っていること、起きた事を冷静に考えてみればユリウスかキリエのどちらかが嘘をついており、どちらを信じるかと問われれば、弟であるキリエの方を信じる、と兄らしい几帳面な、しかし大きい文字で綴られていた。
自分の死を予知していたかのように手紙を残し、この世を去ったホスタ。
許すべからずはユリウスだ。昔から何を考えているのかわからない嫌な男だった。奴は案の定、私の首を、そして、火領を狙っていたというわけだ。ホスタのキリエへの信頼を失わせるために、ミュウを侵略者に仕立てたのはあの男…。
「デモフォルト、お前はユリウスという男を知っているか?水領の重鎮だが。」
「名前だけは。しかし、面識はございません。火にも水にも通じていると聞いております。」
「火も水も自由に操り人を陥れる。邪悪で冷酷な鬼のような男だ。」
デモフォルトが珍しく声をたてて笑った。
「キリエ様に冷酷な鬼と呼ばれるとは余程の男ですね。」
いつも冷然としている部下の久しぶりの笑顔を目にして可愛い奴だと思いながら、キリエはふと息子もこんな笑顔を浮かべるだろうか、という思いを打ち消して言った。
「ミヅキを連れ戻すためにはリョウを多少傷つけても構わん。その仕事が終わった後は鬼退治だ。」